あかねいろ(41)フラストレーション ー4ー

 次のキックオフからは、僕らの今の十八番である攻撃スタイルが続き、僕のキックの精度は酷いものだったけど、オープンサイドに蹴らなければ、次の密集での攻防はほとんど僕らが圧倒していた。そのため、石橋にはほとんど生きたボールが供給されず、また、トイメンの僕も侮れない、という思いを持っているので、セーフティーなプレーが続いた。

  そんな展開は、僕にもあまり楽しいものではないけれど、僕らはチャレンジャーという立場だし、点数的には先行していたこともあったので、まだ心は穏やかでいられたけれど、負けているし、押されている石橋の方は、時間と共に明らかにカッカとしていく様子が感じられた。



  20分過ぎあたりのラインアウトで、僕らは初めてミスをしてマイボールを失う。そのボールを素早く拾った緑川の7番がすぐにボールを石橋につなぐ。ラインアウトからなので、僕と石橋の間にはこの時点で15mは空いていて、スペースが十分にある。石橋は右30度くらいの角度で僕らのラインに走ってくる。そして、彼の右脇にはセンターがカットイン気味に入ってくる。しかし、石橋はそんなん味方を無視するかのように、鋭く左へカットインをする。少し流れ気味だったところから鋭く切り返され、同じく流れ気味に追っていた僕はついていけず、右手だけで彼に飛びかかる。その手は思いもよらず彼の顔面付近にあたる。腕の力で彼は減速させられ、そこにフォワードが集まってくる。


  しかし僕のタックルは明らかにハイタックルで、すぐにペナルティの笛が吹かれる。双方がその笛に合わせて急いで下がろうとする中、石橋は僕に掴みかかる。

 「ふざけんなよ。死ね」 

彼は僕のジャージの襟の辺りを掴みにじり寄ってくる。僕のプレーがペナルティなのは間違いないし、もしも手を顔の辺りに出していなかったら振り切られていた可能性は高いことも間違いなかった。でも、それは故意ではない。だからチームとしてペナルティを受けている。

  中学校の時の不良達にも掴まれたことのない襟首を掴まれて、抑えきれない気持ちが突き上がってくる。つかまれた襟にある彼の手を鋭角に払い退けて、 

「バーカ」

 と一言捨て台詞を吐き、小走りでその場を去ろうとする。

 「おい、待てよコラ」

 石橋は僕のほうに走り出そうとする。そこをチームのメンバーに体を掴まれる。 

「てめえ、ふざけんなよ」 

汚い言葉がさらに続く。少しグランドにきな臭い匂いが漂う。 

「おーい、バカやってないで早くしろ!」

 谷杉から声がする。その声で双方いったん停戦する。



  誰かにジャージを引かれながら僕は10mバックする。石橋はキッカーとしてボールを持つ。彼の興奮というか取り乱しようは明らかで、彼の蹴ったペナルティキックは20mもゲインをしなかった。そんな放物線を追いながら、僕の頭はグツグツと煮詰まってくる。声にはできない思いが、心の中で沸騰する。絶対ぶっ殺してやる。そんな言葉が胸の中をぐるぐると回る。そして、僕には、彼の心の中からも同じ声がするのが聞こえてくる。次は絶対ボコボコにしてやる、という声が。


  ラインアウトはしっかりと緑川がキャッチをし、プレッシャーを避けるように素早く石橋にボールが回る。僕は明らかにラインコントロールの約束を乱し、一人で一気に飛び出して、石橋目掛けて突っ込んでいく。完全にギャップができる。石橋は僕のプレッシャーを受けて、2歩くらいしか動かず右に待っているフォワードに小さくパスをする。ボールを受けた7番はあっさりと僕の横を抜けてラインブレイクする。しかし、僕は石橋しか見えていなかった。パスをしたことは見えていたけれど、ほぼそれと同時に彼の腹に思いきっり右肩を突き刺した。気持ちは明らかにレイトタックルだった。しかし、タイミングとしては微妙だった。笛は吹かれない。しかし、僕たちはわかっている。さっきの石橋の掴みかかりに対する僕の仕返しだということは、僕たち二人には完全にわかっている。100%の確率でお互いわかっている。



  緑川の7番は僕の横のギャップを大きくゲインする。密集の声が遠ざかる。僕が立ち上がろうとする時、僕の右の頬に、ヘッドキャップの上から何かがぶつかる。大きな岩でもぶつかったかのような衝撃が走る。

  僕は立ち上がる前に小さく吹っ飛ぶ。僕にはサイドラインの向こうまで吹っ飛ばされたように思えたけれど、実際はちょっと転倒した、くらいだった。しかし、吹っ飛びながら、それが石橋のパンチだということがようやくわかる。さらに彼は、転がった僕に将来ある右足で蹴りを加えてくる。 

「おい!何やってんだ!」 

谷杉の声がする。石橋はその声を受けて僕に何か、言葉を一言はいて去ろうとする。

  しかしそんなことは許さない。絶対に許さない。

  僕は、走り去ろうとする石橋に後ろから低い姿勢で飛びかかる。石橋はちょっとは予想をしていたのか、警戒していたのか、軽く左にかわしたので、まともにはタックルを食わらない。しかし、僕は掴んだ彼の右足を持ち上げて、彼をひっくり返す。ひっくり返して馬乗りになろうとするも、今度は彼の強い腹筋が僕を寄せ付けない。

 「吉田!やめろ!」 

谷杉から声が飛ぶ。その声で、ようやくサイドラインから人が湧き出てくる。グラウンドにいたメンバーの数人も集まってくる。レフリーも笛を吹く。

  二人ともそれぞれのチームのメンバーに腕やら顔やらを抑えられて引き離される。



  僕も彼も、最低なラガーマンだった。


  引き離されてもしばらく、何か意味のわからないことを僕はぶつぶつ言っている。石橋も仲間の手を払って、一人で仁王立ちをしている。 

「吉田、小山とかわれ」 

谷杉から声が飛ぶ。その声は僕の狂気を少し冷ます。一太が僕の右腕を掴む。馬鹿だな、と呟く。そしてその腕を引きずりながらサイドラインに連れて行く。ショッピングセンターで駄々をこねている子供を引きずるかのように。

  交代させられた僕の周りには無重力空間ができたように誰も近づかない。しかし、宇宙人パワーを持つ谷杉はズカズカとそのスペースに入り込んできて、僕に一発蹴りを入れる。でもその蹴りは、石橋のそれとは全然違う。若くて青黒い憎悪に満ちた稲妻と、夕立を避けるために駆け込んだ軒下に吹く雨の匂いのする風、くらい違う。

 「まあ、しばらく謹慎だな。お前、日本代表に怪我させたかもしれないんだぞ、プレー以外で」

 僕はいまいち言葉の意味が飲み込めない。日本代表?あんなクソプレーヤーが日本代表? そんなこと関係ないだろう、という顔をする。

 「馬鹿野郎だな。とにかくしばらく試合には出るな」

 谷杉はそういって試合に戻って行く。

inokichi`s work(ラグビーとライオンズと小説)

自分の中には、自分の言葉では表すことのできない自分がいる。でも僕は、その自分を抉り出し、その自分を白日の元に晒さなければならない。あるいはそれは僕自身を破滅に追い込むのかもしれない。しかし、あるいはそれは、世界を救うのかもしれない。 サイトのフォローをいただけると、とても嬉しいです。コメントをいただけると、真剣にお返事します。

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