あかねいろ(33)プロとアマチュアのような差

 

 次のキックオフからは僕たちがボールをキープし、当初の狙い通り、フォワードの近場を中心にアタックする。ただ、ラックから持ち出したボールはことごとくゲインライン前で止められてしまい、またモールにしようにも一人目がすぐに倒されてしまいなかなかうまくいかない。手詰まりになってスタンドオフに出てきたボールを、小川さんがオープンサイドの奥に蹴り込む。



  しかしそのボールは、あらかじめそこに蹴られることを知っていたかのように、福田の正面に飛び、彼が悠然とキャッチをする。ボールをチェイスするのは僕と13番と14番。ある程度のゲインはしょうがないので、とにかく揃えて、ギャップを作らないように前に出ようと話していたので、綺麗に揃って前に出る。

  福田は少し、どうしようか、と迷ったように見える。が、意を決して僕ら3人の正面に向かって走ってくる。ほぼ、僕と13番の東田さんの間に向かってくる。多少ゲインされてもいい。前のめりになって抜かれるくらいなら、10m余分に走られても福田を止めよう、その意思を1つにして僕たちは福田に向かう。あと3m。よし、入った、と思ったとき、彼の手からボールが消える。


  いや、正確にいえば、彼は顔を前に向けたまま、目線だけ一瞬下にして、足元にボールを落としグラバーで小さなキックをする。いえば、何度もネットで見たプレーだけれど、この瞬間僕の頭からは消えていた。  楕円のボールは僕と東田さんの間を転がり、5、6m後ろへ踊り出す。僕らは足を止める。その僕たちの間を、ボールを追う福田が、傲然とかき分けていく。そこのけそこのけと。ボールはまだはね上がらず、裏に出た福田はもう一度小さく蹴る。蹴るというより、そっと、大事にボールに魔法をかける。すると、2度目のキックのほんのあと、ボールは奇跡の回転をして、バウンドの角度を変えて、走る福田の右手に戻ってくる。ボールを難なく納めた彼は、そのまま先ほどと同じように15番の舞川さんに向かい、今度は彼をインサイドへのステップで抜き去り、あっという間にインゴールへ2本目のトライをする。


  谷杉が「吉田、東田、馬鹿野郎ー」と叫ぶ。いや、馬鹿野郎なのはわかっているけれど、それよりも、僕は自分が大いなる勘違いをしていたことに気づいた。

  レベルが違いすぎる。

  プロとアマチュアだ、この差は。

  何が抜いてやるだ、何が止めてやるだ、そんなのはとても無理だ、福田には。あまりにも愕然としてしまい、悔しさなんてなくて、ただただびっくりしていた。馬鹿野郎、って言われても、無理なものは無理だった。



    結局前半の25分で朝丘には5本トライを取られ、そのうち4本が福田のほぼ個人技だった。あと一本は、じっくりと時間をかけてモールでゴリゴリとやられ、踏ん張っていたけれど、反則を繰り返し、最後はラインアウトからモールを組まれてインゴールを割られた。うちがやりたいことを、しっかりとやられてしまった。 


   後半は基本的には両方とも次の試合に備えてBチームでの対戦となったため、僕らはインゴールのだいぶ奥の方に集まってしんみりと反省会をした。小川さんが色々と話を進めているのだけど、僕にはなんにも入ってこなかった。どこか遠い世界の出来事だった。意識がどこか遠くの世界へ行っていた。


  今思えばおこがましいにもほどがあるけれど、この時までの僕は、ラグビーでひとかどのプレーヤーになれる、あるいはそれに近づいていると思っていた。初めてたった1年弱なのに。それぐらい、ある程度このチームの中での力は、一つ抜けていると勝手に思っていた。だからこそ、完全に勘違いをしていた。試合だってまだ30試合もやっていないし、ほとんどは同じレベルか僕らよりも低いレベルの学校で、そこにいるプレーヤーも、よくて県代表レベルまでだった。そんな中で、少し目立つからと行って、気づかないうちに、早くも天狗になっていた。


  そして、その天狗の鼻は、この日、根元から折られて、折られた鼻は彼方へ飛ばされ、折られた鼻の傷口にはグリグリと塩を塗り込められた。失神するかのようなレベルの違いを体感し、一気に僕のラグビーに対する高揚感は吹っ飛んでいった。

inokichi`s work(ラグビーとライオンズと小説)

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