あかねいろ(32)カットインからカットアウト

  

  僕らのキックオフで朝の10時前に試合が始まる。10メートルと22メートルのラインの真ん中、僕たちから見て右寄りのサイドで朝丘高校がボールをキープする。少し密集ではもみ合う。


   朝丘高校の9番は、かなりサイズが小さい。160cmちょっとしかないかと思う。しかし、狡猾なリスのような顔つきの彼は、左右と前後をしっかり確認し、ボールを持ってオープンサイドに持ち出す。その角度は広くスピードは速い。僕らの10番がその動きにつられて少し9番に向かって間を詰める。すると、その10番と12番の僕の間にあいたスペースに、だいぶ外に構えていたはずの福田が突然切り込んでくる。サインプレーだったのだろう。9番が45度くらいに流れて走るところに、福田は少しカットイン気味に走ってくる。9番から福田には少し深いところでボールが渡り、その瞬間、僕と福田の距離は2mほど。すれ違いざまにカットインで抜く、という精度ではないので、僕にはよく福田が見えていた。


   この程度のカットインで抜かれるわけがない。


   捕らえた、と思ったそのとき、彼はいきなり人間業とは思えない角度で切り返し、その体を僕のアウトサイド、左手側に向ける。カットイン気味で走りこんできた体を、たった一歩でカットアウトへと切り替える。僕は慌てて左手一本を放り出し、なんとか抵抗しようと試みるも、指の一本すら触れることができない。


  福田は2歩で僕をカットアウトで抜き、5歩目には一気に加速し、さらに走るコースを外へ外へと変えていく。福田の外側から11番が手を上げながら走っている。しかし福田はそんな彼には目もくれず。僕らの15番の舞川さんを軽く右へスワーブと左手でのハンドオフでかわし、そのまま約70mを独走してインゴール真ん中にトライをする。始まって1分も経たない。


  拍手がパラパラと。朝丘高校のベンチから少し歓声が。それ以外は特に何もない、何の感興もないトライで、福田本人も一つも嬉しそうじゃないし、朝丘高校の他のメンバーも何も嬉しそうでもない。こんなのは練習試合の中でもまた練習でしかないレベルで、喜ぶことじゃない、というような雰囲気だった。僕らは僕らで呆気にとられてしまい、ぼんやりとインゴール下に向かっていく。



  特に僕と舞川さんは福田のステップを目の当たりにして、愕然としていた。

  僕からすれば、完全に一瞬彼が視界から消えたように見えた。というか、カットインのコースで走ってきていて、いきなりアウト側を抜かれている?信じられなかった。ただ、9番から福田に深いボールを渡したのは、福田にスペースを与えれば、少なくとも数人は抜いてゲインするだろう、みたいな意図を感じた。すれ違いのサインだったら、タイミングによっては福田といえどもコースを止められる。だけど、1対1に近い状態で彼にスペースがあったら、とても僕らでは叶わない。それをあえて狙ってのプレーだったように感じた。現に、舞川さんはスピードもあるしタックルの上手な人だけど、全く福田には触れることができなかった。

inokichi`s work(ラグビーとライオンズと小説)

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