あかねいろ(31)高校日本代表と勝負!

  

  朝練を始めるようになり沙織と会う機会はめっきり少なくなった。それでもクリスマスのちょっと前には、近くの繁華街にイルミネーションを見に行った。ただ、それを年内最後として、年が明けてからは年賀状で挨拶を受け取った以外は、LINEでのやり取りもほとんどなくなった。

  お正月には近くの神社に行き絵馬に「花園に絶対行く!」と書いた。元旦もその気持ちを込めて、自宅で筋トレと、緑道を5kmほどランニングをした。そして、テレビで中継される高校ラグビー、大学ラグビー、そしてトップリーグなどをかたっぱしから見ていった。録画して、気になるプレーは繰り返し見たりしもした。冬の前に60キロほどしかなかった体重が、1月の終わりには65キロを超えた。しっかりと筋肉がついてきている実感があった。3月から始まる春の大会に向けてガツガツと前を向いていた。 




   3月の半ばに、今年の初めの試合として、県北の朝丘高校に遠征をした。

   朝丘高校は今年の新チームでの新人戦で優勝し、関東大会でも準優勝した。県北の強豪校には珍しく、県立の学校であり、FWではなくてバックスの走力を中心にしたチームを作っている。そして何と言っても、15番、フルバックには高校日本代表に2年生の時から入っている福田がいる。高校日本代表でも不動の15番で、エース的な存在の彼が率いるこの学校を倒さない限り、僕たちが花園に行ける可能性はない。この遠征は、そのための現在地を知るような意味合いがあった。

   福田については、僕たちはまだ直接見たことがなかった。

   県北のチームでも、私立勢とは結構練習試合をしていたけれど、朝丘高校とはまだ試合をしたことがなく、試合会場で一緒になったこともなかった。ただ、ネット上で繰り返しそのプレーを見ていて、185cmの大きな体でありながら、100mが11秒台、プレースキックもし、何と言っても、抜群のステップにみんなで見惚れていた。高校生では1対1で止めるのはちょっと難しいのではないか、というレベルにいる。僕たちからすれば、数段上の雲の中にいるような存在だった。

   僕はまだラグビーを始めて1年足らず、無邪気にも、彼とのマッチアップをとても心待ちにしていた。勝手にライバルだと思っていた。そして、僕がボールを持てば抜けるし、彼が持ち込んでくれば必ず倒せる、そんなつもりでいた。行きのバスの中ではそんなたわごとを周りにも話していた。




   2月の県北地域は、見上げた越後山脈にはしっかり雪があり、そこから吹き下す西の風が強烈で、県南とはまるで違う寒さがある。乾ききったグラウンドにはもうもうと土煙がまい、風下と風上では違うボールを扱っているかのようにボールの軌道が違う。集まったのは4校で、僕たちの高校以外はいずれも県北のチームだった。アウエー感が満載の会場だった。

    2つの試合が同時に進んでいく。3チーム総当りで、朝から夕方にかけてそれぞれ3試合を行う。

   僕たちは第1戦目が朝丘との試合だった。

   試合前のミーティングで谷杉が声を掛ける。

 「今の段階では、朝丘とお前たちでは相手にならないほどレベルの差がある。特に、バックスは勝負にならない。フォワードでモールを組めば少しは相手のバックスにボールが回る時間が少なくなるから、出来る限りフォワード周りで勝負しろ」

   去年のチームは大元さんや林岡さんがいてバックス中心のチームだったけれど、今年のチームはバックスにそのような核がなく、1年生から深川や一太のような巨漢勢が入り、スクラムやモールが強くなり、同じく1年から星野や大倉のような190センチクラスのロックも入って、ラインアウトが安定しており、どちからといえばFW中心のチームになっていた。

   ただ、僕はそのことがとても面白くなかった。ラインアウトからモールを組んで、ゴリゴリと押して、潰れたらサイドをついて、またモールを組もうとする。その連続で、ペナルティをもらってタッチキックで前に進み、また同じことをする。手に詰まれば、スタンドオフやハーフからハイパントをあげる。バックスはよほど相手との力の差があるとき以外は、ディフェンス専門部隊のようにになっていた。やっていることは、昭和の時代の明治大学みたいだった。 


 

  だから、谷杉の指示は当然のことだとはよくわかるけれど、今日はフォワードで押すこともそんなにできないだろうし、キックで福田にボールを渡すのは自殺行為なので、いつもよりは出番が多いかなという気はしていた。何にしても、始まるまでは「福田を抜き去ってやる」ような気概でいた。

inokichi`s work(ラグビーとライオンズと小説)

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