あかねいろ(59)奴隷には奴隷の団結と強さがある。言わんやラガーマンをや。

 

 2度目の花園予選は、気持ちの良い秋の朝に始まった。

  会場は県北の私立高校のグラウンド。土のグラウンドで、よく晴れた朝は、少し湿っぽい。

  僕たちの初戦の相手は県の東側の合同チームだった。合同チームは、1つの学校では15名集まらないので、いくつかの学校が一緒のチームになって大会に参加しているチームのことで、当然ながら、普段から一緒に練習しているわけではない。ラグビーはどうしてもチームに人数が必要なので、全国的に合同チームは決して少なくない。彼らは、試合に勝つというよりも、しっかり参加して1トライを取るというのが大きな目標であったりする。

  だから、試合としてはこの試合はやる前から結果はわかっている。僕たちは県内トップとは言えないけれど、ベスト4には目されているチームで、場合によっては花園出場のダークホースになるかも、などと言われている。地方新聞のスポーツ欄にはクロ三角印がついていた。FW戦がはまれば決勝まで行くかもしれない、と。ただ、僕らの学校のこれまでの最高はベスト16で、ベスト8の壁には何回も跳ね返されている。しかし今回はこれまでの戦歴がものをいい、シード8校に入っているので、ベスト16で予想される相手は、簡単ではないけれど、シード校ではない。相手がどこかというよりも、自分たちがいつも通りの戦いをできるかというところに見えた。順当ならば、ベスト8で廣川工業と対戦するところがポイント、と新聞には書かれていた。

  そう、廣川工業。この名前は僕の中で文鎮のように重しになっている。その廣川工業。そこがまずは僕たちの最大のターゲットだった。



  僕たちは、初戦からしっかりとベストオーダーを組んだ。相手は合同チームだけど、手を抜いたり、メンツを落としたりするような余裕があるようなチームでもない、という思いがあったので、試合はガチンコで相手を叩きのめしにかかった。

   前半だけで8トライを取り、後半もメンバーを数人替えてからも、そのフレッシュなメンバーも息巻いてくれたので、さらに7トライを取り、100点近い点差になっていった。

  スクラムは組めば相手が崩れ、ラインアウトは相手ボールであっても僕らがほとんど確保し、バックスに回せば、僕か東田さんのところで簡単に裏に出て、一発でトライまで取り切る、ということが数多く出た。

  こういう試合というのは、実は攻めてる方が非常に疲れるもので、周りから見ていると楽しそうに、楽にやっているようにも見えるが、実際は、ボールをもてば必ず抜けて、相手のゴールラインまで攻めるので、走る距離が圧倒的に多くなる。そして、ブレイクダウンとか、モールでの争奪戦とか、そういう、バックスからすれば「ちょっとみている時間」というのがほぼ0で、どんどんとボールが動き続ける。自陣22mあたりでボールを持てば、少しすれば相手ゴールラインまでいく、というのを繰り返す。力が拮抗していればそういうことにはならないわけで、とにかく、やってる方は疲れる。

  疲れる上に、トライをとっても、何か良いプレーをしても、そんなに盛り上がらない。その逆で、ミスをすると、これには内外から手厳しい罵声が飛んでくる。何やってんだ、と。その上、力の差がありすぎるので、練習になっているかと言えば、そういう要素も少ない。

  だから、気を抜いているわけでも、手を抜いているわけでもないけれど、集中力は知らず知らずの上にだんだん落ちてしまっている。

  反対に、負けている側は、実は士気は高い。

  そもそも彼らは勝ち負けを気にしていない。僕たちに勝とうなんて思っていない。それよりも、久々にできるラグビーの試合(合同チームは、なかなか練習試合もままならない)ができることを楽しんでいる。だから、どんなに大差がついても、彼らのメンタルは傷つかない。それどころか、何本トライを取られても、明るくドンマイ、次だよ次、と前を向いてくる。そこには笑顔すらある。そして、彼らが照準を絞ってくるのは自然と「一本トライを取ろう」というところになってくる。周りもそういう目で試合を見るようになる。つまり、合同チームがトライを1つ取るかどうか、とれば合同チームの勝ち、完封されたら残念、という雰囲気になって行く。判官贔屓というところだけど、グラウンドの中にいてもそういう風を感じる。



  30分ハーフの後半29分すぎ。このレベルの試合だと、ロスタイムはほとんどない。概ねラストプレーだろうというところで、最後のキックオフのボールが蹴り込まれる。  僕らはそのボールをしっかりキャッチし、8番がまっすぐと突き進みポイントを作る。それだけでもすでに10mあたりまで押し戻す。ここからは、FWの誰かが素早くサイドをつくか、バックスに回して僕なりがブレイクするか、ということがずっと繰り返されていた。

  最後のプレーでSOの小山さんが選択したのは、クロスダミーからのブラインドウイングのライン参加だった。今日は順当にセンターで僕や東田さんがまずは突き刺さる、ギャップをつく、という正攻法が多かったのだけど、最後なのでスペシャルプレーを、というイメージだった。

  少し高めだけど強いボールがハーフから出て、小山さんが流れてくる。そこからのセンターの僕との単純なチェンジと、クロスダミーで今日は結構ブレイクしており、相手もまたか、というところもあったかもしれなくて、出足は鈍い。そこに、ふと湧いて出たかの如く、ブラインドサイドから回っていた鹿原が持ち前のスピードを全開で斜めに走ってくる。今日はあまり出番のなかった鹿原は、ここぞとばかりのスピードで風を切る。

  が、そのスピードはあまりにも速く、さらに入ってくる角度はセットプレーで練習していたときに比べて、かなり流れていた。小山さんの脇、影から出てくるかのようにボールをもらう予定が、彼が走ってきたところはだいぶ左に流れていて、軽く浮かせたボールは彼の右手をかすめるものの収まることはなく、グラウンドに転々とする。転々としながら、楕円球は何かの思いを持つかのように、詰めてきた相手の13番の前で急に胸元まで跳ねる。

  そのボールは、無心で詰めてきた13番の両腕に吸い込まれ、びっくりした彼は、不思議な気持ちで前に走り出す。インターセプト、という形になり、彼はがむしゃらに真っ直ぐ走る。僕らのフルバックはライン参加していたので、後ろにはいない。ハーフとナンバー8が必死に追いかけるものの、意外と相手の13番は足が速く、追いつかない。

  グラウンドは今日一番の大歓声に包まれる。訳のわからない奇声が響く。

  13番は最後は余裕を持ってゴールポストをくぐりダイブする。

   その1トライは、試合の結果にはなんの影響ももたらさない。ただ、97対0が、97対7になっただけだ。しかし、今このグラウンドにいる全員が、このトライを持って、この試合の勝者が合同チームであることを認識する。



  ゴールキックとともにノーサイドの笛がなる。勝者である合同チームはみんなが笑顔で輪を作る。 敗者である勝った僕らは、全員が真っ青になり俯きながら、呆然としながら握手をする。そして、恐る恐るグラウンドを引き上げ、谷杉の待つグラウンド脇に座る、という間もなく谷杉から指令が飛ぶ。 

「お前ら、なんだこのザマは。全員今から明るい農村をやれ。7点取られたんだから、グラウンド7往復やれ」

  こうなることは、僕らにはよくわかっていて、トライを取られると、そこに何某かの変数を乗じて、農村をやらされる。相手が強豪ならばおまけされるし、相手が弱いと、トライ1本でもこの日のように7往復とかいう無茶苦茶な指令が出る。しかし、夏合宿からずっとこれが続いていて、僕らの農村活動は、地域ではちょっとした話題になっている。時代錯誤な罰練として。

  公式戦の会場なので、いつものようにグラウンド脇でやるわけにはいかず、校庭の端っこの方で僕たちは片道100m近い道を、二人組になり、行きは片方が手押し車でいき、帰りはもう一人が手押し車で戻る。これを7往復やる。いつもは、やっていると途中で

「おい、みっともないからもういい」

と谷杉は言うのだが、この日は余程腹に据えかねたのか、そもそも次の試合を見ていて忘れてしまったのか、とにかく80名の部員がのそのそと手押し車を2時間近くやっていた。


  この昭和の体育会のような光景はさすがに、汗臭さに慣れているラグビーファンといえども異様に見えるようで、次の試合は定期戦のライバルでもある杉川高校が戦っていたのだけど、その試合を見に来ている女子高生たちが、汚いものを見るかのように僕らを横目で見やる。真っ黒に日焼けした顔に、どうしようもない疲労感をみじませ、手は真っ黒、疲れ果てると地面にべたっと寝転ぶので、シャツも土色になっている、夏の牧場の牛のような集団。訳を知らない人が見れば、何かみてはいけないものを見てしまったかのように見えたようだった。

  ただ、その小汚い風景とは違い、当のやらされている僕らは、意外と明るい。

  僕らは、これをやり慣れていることもあるので、もうあのインターセプトを献上してしまった時点で、こうなるだろうことはわかっていた。出ている人も、そうでない人も。そして、このトレーニングもどきは、何と言っても体重の重いFWには酷で、身軽な1年生とか、軽いバックスなどはそれなりにサクサク終わっていくのだけれど、プロップ陣は、バックスの何倍も時間がかかる。高校生の明るさと言うのは酷で、そう言う彼らを揶揄する歌を歌う。「押せない豚は、ただの豚」と言う情け容赦のない掛け声が、公式戦をしているグラウンドの外れで響き渡る。手拍子もつく。そして、1往復終わると、大歓声が起こる。「一太さん、お疲れでーす。あと5本!」などと。すると、「うおー」とか「お前ら覚えとけー」とか、なんだかわからない合いの手が入る。


  10月の初めの正午の風は夏の風。夏の風は、僕らの気持ちをどんな形であれ昂らせる。試合の勝ち負けなんて今日は関係ない。トライ取られたのもまあしょうがない。だけど、今こうして80人で罰練をしながら苦しんでいる、苦しいことを楽しめている。それこそが僕らの強さの証、とまでは思っていないけれど、きっとそれこそが僕らのチームとしての価値なんだろうと、今は思う。奴隷には奴隷の団結と強さがある。言わんやラガーマンをば、と。

inokichi`s work(ラグビーとライオンズと小説)

自分の中には、自分の言葉では表すことのできない自分がいる。でも僕は、その自分を抉り出し、その自分を白日の元に晒さなければならない。あるいはそれは僕自身を破滅に追い込むのかもしれない。しかし、あるいはそれは、世界を救うのかもしれない。 サイトのフォローをいただけると、とても嬉しいです。コメントをいただけると、真剣にお返事します。

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