あかねいろ(57)劣等感から明るいバカへー2ー

 

 僕は去年が去年で、目立った割にはその後はパッとしなかったこともあり、なんとなく今年は文化祭の盛り上がりの渦の中には入りづらい気持ちだった。だから、役割は、率先して、テントの中で焼きそばを作りを買ってでた。ほぼ2日間、焼きそばの、焼く方ではなくて、野菜などを切る方の役割を担当することになった。かなり地味な役回りだけれど、まあそれでも、後夜祭とかそういうので頑張れればいいかな、という程度の気分だった。

  当日は、今年はあいにくと天候に恵まれず、初日は完全な雨模様。2日目も、初めは雨で、止んでからも風が強かった。そんなこんなで、出足はとても悪くて、みんなで画策したことは、概ね雨とともに流れていった。僕も、1日焼きそぼを1000個作るつもりでスタンバイしていたけれど、初日は110個しか売れなかった。ということで、ずっとスマホを何やらいじっているばかりだった。



  2日目もお昼を過ぎて、焼きそば屋としては概ねピークが過ぎ、そろそろ片付けをしながら、というところで、僕たちの出店に沙織とその友達2名がやってきた。それが、彼女にとって、偶然なのか、ラグビー部の出店とわかっていてなのかわからないけれど、とにかく、そこで僕が焼きそばを作っているのは知らなかったようで、オーダーが入ったので、そのまま後ろ向きで作業をしていると、

 「吉田くん?」

 と声がかかって、振り返ってみると沙織がいた。朝練を始めると言って別れてから、9ヶ月ぶりくらいに沙織を見た。僕は手を止める。一緒に焼きそばを作っている子が、僕を見る。「この子知り合い?」という顔で。

 「吉田くん、料理できるんだ」 

そこか、というポイントで話を切り出してくるのが懐かしい。彼女の切り口は常に正面に構えているところに、右30度くらいから投げられてくる。

 「こんなの料理と言えるようなものじゃないよ。切るだけだから」

 少し緊張していることを、絶対に悟られまいとぶっきらぼうにいう。 

「ふーん」 

彼女は言葉を僕と焼きそばの間に求める。しかし僕はその探索の余裕を与えない。

 「今来たの?」

 「そう。吉田くんに会いに来たんだよ」

 「僕に、なんで?」

 言葉というのは僕には実に不自由にできている。言いたいのはそんなことじゃないのに、出てきしまう。 

「別に特になんでもないけど。吉田くん何してるのかな、って。ここで焼きそば作ってるとは思わなかったけど」

 後ろにいた3年生が僕のヘラを取り上げる。「行けって」という顔で僕をつつく。あー、もうそういうのじゃないんだけど、全く、と思いながらも、

 「焼きそば、おごるよ。グラウンド行こうよ、みんなで」

 と切り出す。先輩を見ると、オッケーサインを出してくれている。こういう時、男っていいよな、と思う。僕は、作り置きしてあった焼きそばを4つ持ってグラウンドに行く。



  一緒にいた子は今年の同じクラスの子だということで、去年一緒にいた友達とは違う子だった。こんにちは、と軽く挨拶をして、沙織は僕が何者か紹介する。「去年もあったことのある友達」ということだった。まがりなりにも、短い期間とはいえども、付き合っていたことは話していないようだった。

  僕としては、正直、今日こうして会うまで、沙織のこと自体さっぱり忘れていた。去年はこんなことがあった、というようなことは合宿とかでもネタにされていたけれど、それくらいで、それ自体、じゃあ今年会ったらどうする、とかそういうことは考えもしていなかった。僕には、今年は後ろにいればいいや、というような厭世的な思いがあった。どうしてかは自分でもはっきりとはわからないけれど、気にしていないつもりでも、プールのバイトであっさりフラれたこともあったかもしれない。高田のこともどこかに引っかかっていたかもしれない。いずれにせよ結果は同じで、ガツガツと彼女作りに行く、という気分ではなかった。

  そんなところに沙織がずんずんと割り込んで来た。なんとなく話をしているうちに、不思議と僕の気持ちは緊張が解け、落ち着いた気分になってきた。沙織の、変わらない少し斜に構えた強気な話かたは、僕には何故だか心地よい。

  聞いていると、彼女は彼女なりに部活をかなり頑張っていて、公式テニスの個人戦で県のベスト8まで行っているようで、それでこの夏は相当部活で忙しかったようだった。この秋も、メイン学年になるので、新人戦で悪くともベスト4、できれば決勝まで行きたい、というようなことだった。ただ、同学年でも3人くらいは今年のベスト8にいて、優勝した人も同学年でインターハイでもベスト4までいたっとかで、この子とは次元が違うとかどうとか、ということだった。

  僕の方も、話したいことはたくさんあるような気もするし、生活自体は特に何も変わったことがないような気もするし、という程度だったので、とにかく彼女の話をそこそこ適当に聞いていた。彼女は、一緒に来ている女の子にはさほど気も配らず僕と話している。彼女たちは少し手持ち無沙汰な感じだった。

  僕は、そんな彼女を見て、みぞおちの内側辺りに、何かの違和感を感じてくる。やっぱり好きなのかな、とも思う。

 「ねえ、来週、ピザでも食べに行こうよ。おごるから」

 「映画は?」

 「いいよ。調べておく。後でLINEする」

 わかった、と彼女は手を上げる。



  次の週の土曜日の夕方に、去年と同じピザ屋さんに行き、その後に映画を見に行った。たわいもない話をして、映画の復習をして、ラグビー部が今どんな状況かを話した。1年経ったことで大きく変わったのは、進路のことを話し始めたことだった。どこの大学を狙っているとか、文系だとか理系だとか。彼女は医療系を目指したいけれど、医者じゃなくて、みたいな話だった。僕は、何にも考えていなくて、私立文系で、上の方ならどこでもいいや、早稲田とか慶應とか、でいいかな、と。

  僕は、こういうシチュエーションが何を示しているのか、今ひとつよくわからなかった。一度付き合い、別れて、数ヶ月後にふと再会して、こうして何事もなかったかのように顔を突き合わせている。どうして僕と別れたのか、この数ヶ月間どうしていたのか、今は誰かと付き合っているのか、などなど、そういうことを聞くべきなのか、聞かないべきなのか、それすら戸惑っていた。自分の中では、割と明確に、沙織に対しての好意が再度芽生えていることを自覚していて、だからこそ、彼女がどういう気持ちでいるのかがよくわからなかった。それでこの日は次の約束もせず、そのまま別れてしまった。もう一度付き合いたいと、僕は思っていたけど、それをいうべきなのかどうか、戸惑っているうちにその日は終わってしまった。

  それから数日、彼女からのLINEもないし、僕からも特にLINEをすることもなかった。でも、僕はずっと、彼女からのLINEを待っていたし、もうちょっとで、彼女に次のデートの約束をしようとLINEを打つ、寸前まで何度も行った。どうして、最後踏みとどまったというか踏ん切らなかったのか。自分のことが情けなくてしょうがない。今思うと。

inokichi`s work(ラグビーとライオンズと小説)

自分の中には、自分の言葉では表すことのできない自分がいる。でも僕は、その自分を抉り出し、その自分を白日の元に晒さなければならない。あるいはそれは僕自身を破滅に追い込むのかもしれない。しかし、あるいはそれは、世界を救うのかもしれない。 サイトのフォローをいただけると、とても嬉しいです。コメントをいただけると、真剣にお返事します。

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