あかねいろ(57)劣等感から明るいバカへー1ー

 


 僕たちの春は走り出した。新入生32名を加えたラグビー部は春の西部地区の大会を圧倒した。どこの会場に行っても、まず僕たちの「数の多さ」が一際目立った。しかも、選りすぐりの、無駄に体の大きい初心者が多く、良くも悪くも明るい集団だった。雰囲気が明らかに「フォワードがでかいチーム」と言う感じで、実際のゲームも、同地区の学校相手にはフォワード戦で明らかに試合を支配していた。バックスもよくその役割を認識し、モールだけではなくて、ブレイクポイントの周りでの素早いサイドアタックなども大いに武器になってきた。

  去年、僕の独りよがりのプレーで惜敗した杉川高校との定期戦も、苦戦と言っていい出来ではあったけれど、12対0で零封した。トライ2つはいずれもラインアウトモールを押し込んでのトライだった。押し込んだモールには、フォワードだけでなくバックスも4人入り、2つ目のトライを押さえたのは僕だった。ディフェンスは相手の13番が県選抜に選ばれている3年生で、大柄でスピードのある子だったけれど、きちんと僕と東田さんで挟んで仕事をさせなかった。

  この定期戦のリベンジはチームとしても大きな自信になった。同じ勝ちでも、伝統のある、歴史のある試合というのは理屈で言えない重みがある。試合の帰りに、最寄りの駅でカレーライスを爆食いして帰ったことをよく覚えている。「杉川を食い尽くせ!」みたいな勢いで。



  今年は3年生も夏前に引退してしまう人が少なく、夏になっても部員は70名近くいた。ラグビー部のグラウンドは学校の中では、とにかく野球部とサッカー部の間に間借りしているようなものなので、この巨大な勢力は学校では大いに邪魔者扱いされた。そして、春の戦績が芳しいことで、ラグビー部は学校で我が物顔をしており、なおのこと、野球部やサッカー部とはトラブルが続いた。しかし、結局人数が多いし、今、学内で最も勢いのあるのはラグビー部で、なんだかんだと領土を拡張していった。特にサッカー部は人数も少なく、3年生が引退した後は、練習日を1日減らしてしまったので、その日はサッカー部の領土を全面的にラグビー部が使うことになった。それにより、夢の「グラウンド半分」を使っての、キックオフとかテリトリーを想定した練習とかができるようになった。



  秋に飛躍が期待される状況ではあったけれど、谷杉の考え方はぶれなくて、ラグビー部の夏休みは、実に21連休からスタートした。野球部だって、サッカー部だって長くとも5連休くらいのところだから、とにかく休む時は気前がいい。

  僕は去年と同じく、遊園地のプールの監視員のバイトに18日間入り、実に20万円以上を稼いだ。夏というのは実にいつも同じように暑く、人は皆、同じように混んでいようともプールにやってきて、狭くっるしいところでお湯のようなプールに浸かっている。僕の眼前に広がる光景は去年と全く同じで、水着姿の女性たちは相変わらず刺激的だった。

  今年が去年と違ったのは、僕も2年目ということで仕事慣れしていて、少し先輩のような顔をするようになってきたことで、今年初めて入ってくる高校生のバイトに対しては、ちょっとした指導係を任されるようになったところだった。それにより僕は、ありがちだけど、指導担当になった女の子がなんとなく気になるようになってしまった。しまったというか、その子がいることで、この夏のバイトタイムの大体の時間は、とても華やかなものになった。一個下の高校1年生の女の子で、違う県の学校に行ってるけれど、住んでいる県は同じだった。

  別に職権を濫用したわけではなく、ナチュラルにコミュニケーション頻度が高いので、と僕は自分に言い訳しながらも、だんだんと彼女から気持ちが離れられなくなり、とうとう僕のバイトの最終日に、付き合わない?と聞いてみたのだけど、あっさりと「付き合っている彼氏がいるの」と断られた。まあ、そんなことも大いにあるだろうと思って、後腐れの少ない最終日に告白したんだ、と自分に言い訳しながら。ということで、線香花火が、見事に最後の玉が落ちました、という感じだった。

  夏の風や、夏の匂いは、高校生に対して苦しくて、甘酸っぱくて、そして陽気な物語を作り出す。毎年毎年。その中心は、やはり、どうしてか夏は異性の存在が他の季節よりも気になる、ということにあるように思う。



  8月の中盤から昨年同様にラグビー部は2回の合宿に向かう。基本的な流れは去年と同じだけど、試合合宿では、今年は部としてのレベルが上がっていることを認められてか、去年とは違う、花園経験のあるような強豪とのマッチアップがとても多かった。そのため、負け試合や、派手にやられることもあって、その都度グラウンドの周りを「明るい農村」をさせられている僕たちは、ちょっとした話題になっていた。特に、勝っても取られたトライの本数分やらされていて、対戦相手からは時に哀れみを買っていた。

  練習合宿の地獄っぷりは去年を超えていて、1年生のかなり多くが行きも帰りも相当愚痴を言っていた。特に、1年生の教育係を命じられている僕らの代の一太は、まさに鬼軍曹で、通常の練習が終わった後も、結構長い時間、延々とランパスさせたり、グラウンドを走らせたりしていて、流石の谷杉も「一太、やりすぎだ、それは」というくらいだった。


  それでも、いつも通り、ラグビーの合宿に来ているのだけど、半分は、9月の頭の文化祭に向けてのしょうもない下準備が裏テーマになっていた。特に2年生になった僕らは、様子もわかっているし、3年生のように受験とかがあるわけでもないし、今年は出店にも出れるし、「やったるぜ」感が満々だった。そう、今年こそは彼女をゲットするぞ、と。出店では誰が何をするか(焼きそばを作ることは決まっていた)、どんな装飾をするか、そして、今年はライン@で公式ページを作ろうとか、TwitterでとにかくPRしよとか、SNSでのPRも立川が中心になって進んで行った。練習は確かに、無茶苦茶しんどかったけれど、結局、男子高校生の彼女をゲットしたいという行動欲は、そんなものでは止められないというところだった。

inokichi`s work(ラグビーとライオンズと小説)

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