あかねいろ(46)意識不明 ー3ー

 僕らは混乱していた。用意してきたことが一切できず、さらに、勝てると思っていた密集サイドでは、明らかに相手が力が上だった。用意したことはできないし、力勝負もできない。前半で4トライを献上してしまい、前半あと数分というところで、僕らは策に窮し自陣から展開を試みる。



 自陣22m付近の右側のポイントは押し込まれており、ハーフからのパスは少し後ろ気味に10番へ。フランカーの強いプレッシャーを受けた小山さんは、12番の高田へ苦し紛れに山なりのパスをほおる。そのボールは完全に高田の立ち位置よりも後ろで、高田は両手を伸ばしてそれを必死に取ろうとする。足は完全に止まり、ヒョロながい彼の両の手はボールを虚空に求める。

 その瞬間、伸びきった彼の体に黒いヒョウのような物体が、稲妻のような速さと鋭さで突き刺さる。

 僕の目はシャッターになる。僕の心にその目で撮られた写真が焼きつく。

 高田の体はあらぬ形でくの字になり、手はそれでもボールを求めて彷徨いながら、地面から離れた彼の足は宙を舞い、ずっと後ろ、はるか彼方に飛ばされる。肩から落ち、次に会場に響き渡る濁音とともに頭が地面に叩きつけられる。その上に、相手の体が襲いかかる。

 しかし、会場に響くのは歓声ではない。明らかに力を失った高田の体の上に乗った彼は、びっくりしたようにその体を高田から離す。審判が大きく笛を吹く。

 サイドラインから、谷杉が、そして鷹川工業の監督が、そしてメディカルの人たちが駆け寄ってきて、高田の周りに人だかりができる。僕には高田の様子が見えなくなる。

「担架!」

誰かが叫ぶ。

「救急車!」

メディカルのような人の声に、そばにきた女の人が「はい」と答えて、走り出す。両チームの選手が少し遠巻きに高田の輪を取り囲む。しっかりしろ、とか、何を持ってこい、とか、何をするな、とかいろんな声が聞こえてくる。


 

 僕は意識が遠のく。いや、今意識が遠のいているのは僕ではなく高田だ。でも、僕は目眩に似た感覚に襲われる。そして心には真っ黒い雲がかり、僕の全身に侵食してくる。人だかりの輪の向こうに見える高田の足は、ぴくりとも動かない。彼が明らかに頭から強烈に落ちたのは間違いなく、その姿のまま彼はピクリともしていない。ヘッドキャップをしているのに、この世のものと思えない鈍い音とともに地面に叩きつけられてから、彼の言葉も息遣いも聞こえてこない。

 もしも高田が大きな怪我をしたとしたら、それは、間違いなく僕のせいだ。僕が、自分勝手なことをし、チームの信頼をなくし、さらにふてくされるような姿を晒したことで、本来僕が出るべきポジションに、高田が急に出ている。いくら有望株といえども、ラグビーを初めて3ヶ月の彼が、不利な展開のなか、窮屈なボールが回ってきて、無邪気に、馬鹿正直にそのボールを取りに行って、関東を代表するフランカーのカモにされた。それは、本来僕の役回りのはずだった。僕は、そういう場面にはある程度慣れていた。自分が危険だと思う状況に体は反応できる。あのボールと、前に来るフランカー、両方を見て、せめて半身で取ろうというような動きができる。けれど、高田は、昨日一昨日このポジションを務めることになったばかりだ。まして、劣勢な中回ってきたボールを、なんとか確保したい、その一心だったはずだ。

 


 遠くから救急車の声がする。高田が担架に乗せられ、8人ぐらいの男にゆっくりゆっくり運ばれる。救急車はグラウンドの横まで入ってくる。メディカルの方と、うちの2年生の一人が一緒に救急車に乗り込む。「携帯を忘れるな」と谷杉に言われて彼は慌ててカバンを取りに行く。メディカルの方が谷杉に何かを話し、何かのメモを渡す。

 救急車のサイレンが遠のき、協会の人などが集まって、少ししてから試合が再開される。

 試合そのものは、後半は結果が決してたことや、高田の一件で全体がトーンダウンした感があり、前半のスコアから少し動いて、45ー7、かろうじて僕らも最後の最後に1トライを返して終了した。モールで5分くらい押して押して、ようやくこじ開けたトライだった。

inokichi`s work(ラグビーとライオンズと小説)

自分の中には、自分の言葉では表すことのできない自分がいる。でも僕は、その自分を抉り出し、その自分を白日の元に晒さなければならない。あるいはそれは僕自身を破滅に追い込むのかもしれない。しかし、あるいはそれは、世界を救うのかもしれない。 サイトのフォローをいただけると、とても嬉しいです。コメントをいただけると、真剣にお返事します。

0コメント

  • 1000 / 1000