あかねいろ(37)バックスかフォワードか

 

 体育館の2階の北側にバックスは集まる。雪が窓にドカドカと当たっていき、窓に当たった後にどこかへ吹き飛んでいく。まだまだしっかりと雪が降っている。



  バックスとしては面白い話ではなかった。

  要はバックスで勝負しても勝てないから、 FWで勝負しよう、ということなのだから、お前らは使えないと言われたも同然だった。少なくとも、僕はその時そう感じて、その思いが自然と谷杉への突っ掛かりになっていった。でも、僕以外のバックスの2年生は、多かれ少なかれ同じ思いを抱いていたように見えて、バックスの集まりはのっけからしんとしていた。 

「南アとかアイルランドとか、そういうところの試合やろう、ってことだよ、要は」 

小川さんは若干言い訳気味に話を始める。そして、基本的に県大会に向けて、キックチェイスと、キック処理、それからキック処理の際の接点へのプレッシャーのかけ方、そういうところを重点的に取り組んでいこう、という話がされる。 

「東田、吉田、大丈夫だよな」 

東田さんは明らかに不服顔をしながら聴いていて、もちろん大丈夫ではない。

  県代表候補のランナーである東田さんは、自分が走って決めたい。そう顔に書いてある。僕は、さっさと不満があることを表明してしまっている。でも、もちろん異は唱えない。バックスは結果が伴っていないこと、そして、この方針が合理的で現実的に戦えるプランであることもわかっている。わかっている。頭はわかっている、けれど心はわかっていない。僕や東田さんは明らかにそう見せているけれど、バックス全員が、どこかでその気持ちは持っていたと思う。



   ミーティングが終わって、体育館を出たのが18時前で、雪は変わりなく降り続いていた。電車はなんとか走っていて、僕らは足早に荷物をまとめて帰路に着く。帰り道には、積もった雪はくるぶしを越え、脛の真ん中くらいまでの高さになり、歩くたびにざっくりざっくりと雪に靴が埋まってしまう。初めはその一歩一歩を嫌がりながら、避けようとしながら歩いていたけれど、だんだん馬鹿らしくなって、濡れてもいいやと思って歩き始める。ズボンの裾を膝までまくって歩き始めたので、半ズボンで靴はずぶ濡れ、と言うような格好で8人ほどの1年生が連なって歩いている。 

「 F Wではどんなこと話してたの」

 濡れて歩くことに観念してから、僕は一太に聞く。

 「どんなって、とにかくモールの練習しよう、って。ラインアウトとモール、それとハイパントをしっかり追おう、そこでできるポイントでプレッシャーかけようって、だいたいそんなとこだよ。バックスは?」

 「キックして、それを追おう、って。それだけ」

 投げ捨てるように僕はいう。

 「まあ、みんな思っていたよ、今年は F Wでいくべきだって。去年のバックスは別格だよ。うちはゴリゴリやるしかないだろ、今年は」

 横から深川が言う。

 「横田さんは気合入ってたよ。来週の1回戦ではモールで10トライする、って。」 

「鷹川工業にハーフウエーから押す、とも言ってたぜ」 

一太も重ねて、他の FWメンバーと一緒になって、どっと笑いだす。僕は少しムッとする。

 「そんなん簡単に行かないだろ。弱いところには押せても、朝丘にだって結局トライまで行ってないし」 

雪で言葉のとげは少し丸まっても、明らかに尖ったその言葉に、FWのメンバーが今度は少し足を緩める。 

「バックスに回しても、逆にピンチになるだけだから。モールしてれば相手の攻撃もその時間防げるし」

 立川も参戦してくる。バックスの他の1年生は1本目に入ってないので蚊帳の外から見ている。

 「なんか、そんな90年代の明治みたいなつまんないのでいいのかなって。21世期だぜ、そんな古めかしいラグビーして勝って楽しいのかって感じ。」 

今まではっきりと、今日示された方針を「いやだ」と言った人はいない。言ったところでどうにもならないし、なんとなく言ってはいけないように感じた。特にミーディングの中では。でも、僕の中で溜まってきた思いは堤防を越え決壊してきたた。 



「蹴って、追って、タックルして。バックスはそれだけしろってことでしょ。そんなのばっかりやっていても楽しくない。そんなFW のお膳立て部隊みたいになれって言われて、はいそうですかって、そんなの思えないよ。何だったら、FW は去年より今年は、全然走ってないよね。だから、ラインブレイクをしても、ポイントから離れれば離れるほど、次のポイントにはこないじゃんFW 。で、そこのポイントでジャッカルされたりひっくり返されたりして。自分たちが走らないからボール失ってるのに、バックスの攻撃がなってない、と言うのは僕からしたら、全然納得できない。自分ちがサボってるのを正当化しているようにしか思えない」 

留めていた思いが溢れてくる。深川も一太も黙って聴いている。足がいい加減に冷たくて、体がジンとしてくる。 

「だからさ、消去法的に残った強みにかけよう、と言うのはいい戦略とは思えないんだよ。それって、すごくやすきに走っている、逃げているようにしか見えない。できないことには蓋をして、ちょっとできることだけ頑張ろう、って。そんなことでチームが本当に強くなるとは思えない。」 

僕の少し前をいく一太が後ろを見る。

 「そんな言うんだったら、バックスに何ができるんだよ。バックスの展開中心のチームにしたら、勝てるのかよ?」 

一太はきっと次の僕たちの代のキャプテンになる立ち位置だ。F Wをまとめていけるオーラがある。だから、当然僕のつっこみは面白くない。 

「自分たちの強いところで勝負するって、当たり前じゃないか。バックスはまずは、ディフェンスだろ。県トップクラスのチームの攻撃をしっかりディフェンスすることが先だろ。福田が出てきたら、はいごめんなさい、みたいにみんなバンザイじゃあ困るんだよ。しっかり止められるようになってから言えよ。」 

僕はカチンとくる。留め具はすでに外れている。

 「俺がタックルしてないっていうの?」

 バックスへの「タックルしていない」、フォワードへの「走ってない」、この2つを言われてカチンとこないラガーマンはいないかもしれない。それを言われるというのは、テスト前に勉強していない、みたいなことで、要は「お前はサボっている。真剣にやっていない」ということを言っているのと同然だ。

 「フォワードより、バックスの方がずっとタックルしてるだろ。間違いなく。」 

僕は吐き捨てる。 

「そういうことじゃないよ。誰がサボってるとかどうとかじゃなくて、きちんとバックスとしてみんなで組織としてディフェンスのレベルを上げよう、ということだよ」



 みんなが乗る駅は、概ね2つに分かれていて、そのうちの1つ目がようやく近づいてくる。雪は小降りになってきた気がするけれど、その代わりに寒さは深まってきた気がする。

  僕は近い方の駅で、一太は遠い方の駅から電車に乗る。僕とはもう3名が一緒に乗る。僕らの話はその後、雪の上で一人が転んで、持ち物から服からびしょびしょになってしまったことで終わった。雪の夜に、高校生の大きな笑い声が響き渡り、つまらない言い争いなど吹き飛んでしまった。

  でも、僕と一太それぞれの、いや、僕らだけでなく、フォワードとバックス、一人一人の心の中に、大小の差はあれども、少し長めのとげが刺さったのは間違いなかった。

inokichi`s work(ラグビーとライオンズと小説)

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