あかねいろ(14)痛恨のノックオン!

  ハーフタイムでは双方の吹奏楽部が応援の歌を演奏し、さらに応援団が応援合戦をしている。僕たちはそれを横目に後半に向けての対策を練る。対策を練る、というか、「FWしっかりしろ」という気合を入れていく。明らかに密集周りでは押されていて、そこにこだわってゲームを運ばれるとどうしようもないというのが今のところだった。特段有効な対策もなく、とにかく気合だ、みたいな雰囲気で後半に突入する。



    後半のキックオフで僕たちは相手陣に入る。そこから、相手の10番のキックがミスキックでダイレクトキタッチになり、敵陣22mの少し外でラインアウトになる。  久々のマイボールのラインアウト。僕らは10番から12番へのループからの13番の僕がアングルを変えてカットアウトで相手の左を走るサインプレーを選択する。アウトにアングル変えるというのが効いたのか、このプレーで僕が大きく裏へ抜け出す。22mラインを超え、フルバックが詰めてきたところにフォローをしてきた林岡さんにフラットにパスを出す。受け取った林岡さんが2本目のトライを決める。思った通り、僕のトイメンの子はなんだかちょっとふわふわしていて、手がかかっても割と容易に振り払うことができた。

   ゴールも決まり14対13で逆転。

   しかし、次のキックオフからは、また前半と同じような時間帯が続いた。とにかくFWサイドを地道に攻めてきて、ゲインは大きくなくとも着実にフェーズを重ねてくる相手に、僕らは堪えきれず、だんだんと反則を多発するようになる。

   10分に1本、22分ごろにもう1本、ペナルティキックが決まり、後半残り5分というところで14対19。1トライ圏内だけど、雰囲気がない。とにかくマイボールの時間が少なく、アタックのリズムがまるでない。チーム全体になんとも言えない空気感が漂う。外野からの応援は杉高のそれがボルテージが上がり、僕らの学校からは声が聞こえてこない。



   しかし、そんな状況を一変させる出来事が起こる。残り2分というところで、相手のスタンドオフが、なんでもないスクラムハーフからのボールを自陣10m付近でノックオンする。あまりにもいいボールだったので、キックのための動作に先に気持ちがいってしまったように見えた。ここまでランプレーもパスプレーもないけど、堅実に、とっては蹴ってきた彼が初めてミスをする。ここで空気が大きく変わる。風向きが変わる。

   スクラムはFW戦の中では唯一僕らに分があって、ここで気合が入る。FWのボルテージが上がる。深川が何かを吠える。スクラムを組んだ時に鈍い音が響き渡る。小川さんがボールを入れる前に相手の1番が明らかに堪えきれずにスクラムを落としてしまう。落とすというか、落とされるというか。レフリーがペナルティを指し示す。僕らはタッチキックを選択し、そのキックは相手陣の22mを大きく超えて、ゴールラインまであと10mほどというところにセットされる。

   ラインアウトはクリーンキャッチとはいかないけれど、なんとか確保した僕らは、川下さん中心にモールを組む。少し腰の高いモールだけど、組んだ瞬間から大きく押し込んでいく。グラウンドの両サイドからは悲鳴が聞こえてくる。3m、5m。あと5mほどのところでモールは崩れラックになる。モールにほとんどFWが入っており、サイドを攻める人はいない。

   スクラムハーフの小川さんがバックラインを見る。左サイドのスタンドの位置に立っている大元さんからサインが出る。サインはループから大外にライン参加する林岡さんに飛ばしパス。

   小川さんから大元さんにボールが出る。大元さんから僕に強いパスが来て、僕は流れないようにしっかりとまっすぐ前に出る、トイメンの子が詰めてくる。左に回った大元さんにパスをしようとしたその時、僕のトイメンの子もそれに合わせて体を大元さんに向ける。


   一瞬、僕の目の前に逆転トライへの一直線の道が、神々しく見出される。

   あいた。

   僕はパスをダミーにして相手の12番の右手を振り払い、ラインの裏に出る。あと10mもない。相手のフルバックは反対のサイドにいる。内側から追ってくる敵も見えない。僕の目にはゴールラインしか見えない。「やった」僕は心の中で叫ぶ。 「吉田、左だ、左!」 フォローをしてきた大元さんの大きな声がする。いや、そんな必要はない。僕でいける。その声は僕の心には届かない。 「左だ!一人で行くな!」 大きいはずの大元さんの声が小さく聞こえる。あと2、3m。僕は確信をする。  しかしその瞬間、頭に閃光が走る。

   目の前が真っ暗になる。

   僕の右後方から何かが飛んできた。強烈な岩の塊のようなものが飛んできて、僕はまっすぐ倒れる。しかもボールを前にこぼしてしまう。ノックオン。楕円球のボールは力なく不規則に転がる。



    結局その後のスクラムから相手はキックをせずにFWサイドでポイントを重ねて残り時間を稼ぎ、そのまま試合は終了した。5点差のまま僕らは負けた。

inokichi`s work(ラグビーとライオンズと小説)

自分の中には、自分の言葉では表すことのできない自分がいる。でも僕は、その自分を抉り出し、その自分を白日の元に晒さなければならない。あるいはそれは僕自身を破滅に追い込むのかもしれない。しかし、あるいはそれは、世界を救うのかもしれない。 サイトのフォローをいただけると、とても嬉しいです。コメントをいただけると、真剣にお返事します。

0コメント

  • 1000 / 1000