あかねいろ(10)ハットトリック

「絶対勝つぞ!」

 2年生チームのリーダーの小川さんが声をかける。15人がそれに応える。

   僕たちのキックオフで試合はスタートする。二人のCTBの左側にならんだ僕は、まだ気持ちの整理がつかなかった。このキックオフの後のプレーでどんな気持ちで向かっていけばいいのか。何をしたらいいのかは一応わかっている。でも、僕は何を思ってプレーすればいいんだろう。不安と淀んだ気持ちのまま10mラインに立っていた。



   小山さんがドロップキックをする。本当は右サイドのFWの前にけるつもりが、ミスキックになりほぼ真っ直ぐ飛び、相手の22mライン付近で10番がキャッチする。白いヘッドキャップの、僕よりも明らかに大柄な彼は、ボールを胸でキャッチするやいなや、すぐに前に走り出す。僕らはゆっくりと前に出ていたのが、そのキックの方向を見て慌ててスピードを上げて前に詰めていく。

  「吉田!潰せ!」 外から大元さんの声がする。

  その声は、僕の頭の前に立ち込めていた霞を切り裂いて、僕の視界をクリアにする。 



 10番はボールを持って真っ直ぐと走ってくる。僕はその10番の太ももめがけて肩から突っ込んでいく。僕の肩は彼に刺さる。まだ細い肩の鎖骨が、相手の大腿骨と腰骨の間にめり込んでいく。そして、しっかりと手を腰の後ろに回し、全体を下方向に圧力をかける。足をかく。足を必死にかく。相手を地面の奥深くまでお押しつけてしまえ、とばかりに、必死で足をかく。

   相手の10番はタックルを受け思わずボールを落とす。そしてお尻から後ろに倒れていく。ノックオン。自チームの外野から「よっしゃー」という声が聞こえてくる。

   僕は何が何だかわからないまま立ち上がる。小川さんが僕のお尻を叩く。そしてボールを拾っていく。「ナイスタックル」と声をかけてくれる。



  僕は、初めてのプレー、初めてのタックルとしては上々の出来にちょっと照れる。そして、今この瞬間、この肩に残る感触、この手に残る相手の体の感触、そして足をかいた感触、その一つ一つの感触に興奮する。心から不安と迷いが消えていく。その代わりに生まれてきた気持ちは、別に何もない。ただただ、さっきまであった得体の知れない不安や恐怖が消え、真っ白な気持ちになる。何も考えなくていい。何も考えることなんてない。そして、僕の真っ白な心に先輩が色を付ける。 「吉田、今日はタックルだけしろ!」 僕の頭にはそれだけがインプットされる。オッケー。タックルしよう。ボール持った相手をぶっ倒そう。それだけでいい。




  その試合で僕と深川は結構派手な活躍をした。

  相手も1年生が半分くらいはいたこともあり、ラグビーの試合としてのレベルはとてもつもなく低いものだったこともあるが、なんにしても、僕は初出場の試合で3つのトライをした。

  1つは小山さんとのループのサインで、僕が小山さんへのパスをダミーにしたところ、前がぽっかりと空いて40m近くを独走した。2本目は、隣の東田さんが激しいタックルをしてこぼれたボールを拾い上げて、これも自陣から実に60m以上を独走した。もう1本は完全に抜けた東田さんをフォローして走っていったら、ゴール前で東田さんが僕にボールをプレゼントしてくれた。東田さんに相手が迫っていたこともあるけれど、県代表候補の東田さんからすれば楽にトライできるところを、僕に預けてくれた。

  同じ1年生の深川、は巨体を生かしてラインアウトから抜け出してトライをし、さらにスクラムでは圧巻の強さを発揮し、全部のスクラムで圧勝した。



  試合は25分で8トライをするという圧勝で、力の差が歴然としていた。谷杉も流石にこの試合ではずっと笑っていた。タックルすればいい、と思ったけれど、実にその後タックルの機会は全くなかった。それくらい僕たちがほとんどずっと攻めていた。

inokichi`s work(ラグビーとライオンズと小説)

自分の中には、自分の言葉では表すことのできない自分がいる。でも僕は、その自分を抉り出し、その自分を白日の元に晒さなければならない。あるいはそれは僕自身を破滅に追い込むのかもしれない。しかし、あるいはそれは、世界を救うのかもしれない。 サイトのフォローをいただけると、とても嬉しいです。コメントをいただけると、真剣にお返事します。

0コメント

  • 1000 / 1000