あかねいろ(8)ファーストコンタクト

  ランパスの後に準備体操をして、そのあとはしばらく見学だった。ボールを渡されていたので、僕らは校舎の前の小さなスペースで、ちょこちょことボールをパスし合いながら練習を見ていた。3対2の練習があり、次に試合が近いのか、キックオフの練習があり、その後FWとBKに分かれての練習になった。そこで僕らもそれぞれ見た目で判断されて、体が大きいのはFW、小さいのはBKに連れて行かれて、そこで練習を見学した。



   途中で野球部がバッティング練習を始めて、ライトの奥で練習をしていたBKチームのところに、ポコポコと硬球が飛んできた。その度に大元さんが大きな声で「あぶねーぞ」と叫んでボールを投げ返す。なかなかの肩で、70mくらいあるホームまでバンバンと飛んでいく。あとで聞けば大元さんも中学までは野球部だった。

   BK組ではライン攻撃のサインプレーの確認をしており、僕らは相手役として「立っていろ」ということで、ラインの反対側に立たされ、合図とともにスタンドオフの位置にいる先輩に合わせて前に出た。レギュラー組の人たちは、クロス、ループ、ブラインド参加、ずらしなどをそれぞれ取り組みながら、プレー毎に走るコースがどうだとか、もっと浅くとか、もっと深くとか、フラットにとかそんなことを話していた。

   最後に先輩たちはブルーのコンタクトバックを持ってきて、それに一人一人ボールを持ってあたり、ダウンボールをし、後ろから二人がスイープをする、コンタクト練習を始めた。僕らは初めは見ていたが、途中から「1年、これ持って踏ん張れ」と言われた。

   僕はコンタクトバックを渡され、手の通し方を教えてもらい、恐る恐る先輩たちの前に立つ。「踏ん張れよ」と言われたので、ドキドキしながら、腰を低くして右足を前に出し、コンタクトバックを構える。2年の先輩がボールを持って突っ込んでくる。180cm近いけれども小柄の彼がトップスピードになったところで僕にあたる。僕は負けないように踏ん張る。ガツン。頭に何かが飛ぶ。思ったよりも細くて鋭いものが刺さってきた。そして僕は2m向こうに吹き飛ばされる。左手を地面につき、肩から落ちていく。

 「おーいしっかりしろよ!」 

外野から声が飛ぶ。そして、今の先輩が僕に駆け寄ってきて、僕の手を取って起こしてくれる。 「大丈夫か?」 僕は顔がカーッとなるのを感じる。恥ずかしいのと、痛さの衝撃と、それとなんかこう、頭にきた感じがして、心から何かがほど走る。


 「全然大丈夫です。すいません。今度はちゃんとやります」

 謝っていると言うよりは、怒った感じで呟く。 「吉田、もういっぺんやってみろ」 大元さんが言う。僕はコンタクトバックを持ってもう一度所定の位置につく。

   絶対に飛ばされるものか。もっと腰を入れて、当たられるときにはぐっと前に出てやろう。あのくらいの衝撃ならば耐えられるはずだ。僕は脇を締めて構える。

   次は3年の林岡さんがやってくる。このチームのエースで、埼玉県の選抜メンバーでもあるらしい。彼の走るスピードはさっきの先輩よりもずっとゆっくりだ。が、僕に当たる3mくらい前で急にスピードが変わる。獲物を見つけた野生動物のように僕につき刺さる。僕は慌てて力を込める。そして右足を踏ん張りながら体重を前にかけ、少し肘を前に出す。ゴツン。さっきよりも鈍い、そして柔らかいけれど、大きな面積で衝撃がやってくる。僕はその衝撃に耐えられない。けれど、今度は押されながらも踏ん張る。倒れるものか。絶対倒れるものか。1mほど後ずさりしたところで林岡さんはダウンボールをして体を後ろに向ける。その後ろから二人の先輩が走ってきてさらに僕に当たる。そのあたりは林岡さんのそれよりは緩やかで、飛ばすと言うよりも、林岡さんの上のスペースをしっかり確保する、と言う感じで当たってくる。僕はそれをしっかりと受け止める。

  「いいねいいねー」 

大元さんの声が飛ぶ。他の先輩からも声がかかる。

 「いけるよ。いける。いい感じだよ」

 僕はちょっと照れくさくなる。そして、コンタクトバックを見る。青い、セプターのマークが擦り切れているコンタクトバック。いいやつだ、こいつ、と見やってみる。コンタクトバックがちょっと愛おしく思える。頭にはまだ何か衝撃が残っているように感じる。

  しかし、それ以上に僕は興奮を抑えきれなかった。林岡さんのあたりと、その前の先輩の衝撃の違い、スピードと強さと、そして優しさと。体と体がぶつかることが、こんなにも自分に興奮を与えてくれるとは、思いもよらなかった。

 「吉田、次!」

 先輩から声が飛ぶ。僕は急いでセットをする。次は押し返してやろう、と思う。



  僕と同期の1年生は28人。全員がラグビーは初心者ということだった。元野球部が12人、元サッカー部が11人だから、ラグビー部の新入生勧誘活動は大いに成功を収めたようだった。初日の体験で一緒になったメンバーのうち、テニス君はやっぱりテニス部に入ったようだったけれど、そのほかは全員入部した。

inokichi`s work(ラグビーとライオンズと小説)

自分の中には、自分の言葉では表すことのできない自分がいる。でも僕は、その自分を抉り出し、その自分を白日の元に晒さなければならない。あるいはそれは僕自身を破滅に追い込むのかもしれない。しかし、あるいはそれは、世界を救うのかもしれない。 サイトのフォローをいただけると、とても嬉しいです。コメントをいただけると、真剣にお返事します。

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