あかねいろ(43)僕のいないラグビー部の練習風景

 翌日から僕は練習には加わらず、グラウンドの外を走ったり、用具を整備したり、部室を整えたりという作業しかさせてもらえなくなった。春の大会はもう2週間後に迫っていたから、僕が次の大会に出れないこと、鷹川工業との試合に出れないことは確定的だった。僕がいないことは、大きな戦力ダウンであることは間違い無いのだけど、谷杉は、意にも介さず、というところだった。

  僕は次の木曜日に、谷杉に思い切って聞いてみた。 

「どうしたら、練習に出させてくれるんですか」 

「知らないな。自分で考えろ」 

たった一言だった。僕の方を振り返ることもなかった。



  僕のいないラグビー部の練習風景は酷いものだった。いや、酷いものに見えた。

  ランパスから始まり、そのランパスはいい加減なパスばかりしているし、ともすれば、そのパスになんの意思も思いもないという人ばかりで、練習としての体を成していないように見えた。次に3対2でのショートゲームをしていたが、これはもう、笑ってしまうようなレベルで、ただ横に流れたり、ただカットインしたりしているだけで、とても「抜ける」ようなプレーをしている人は見当たらない。

  試合に向けてのキックチェイスの練習は、小山さんのハイパントの質が低くて、競り合うようなことがほとんどなく、ただただ相手側のFB役の子がボールを取る練習、みたいになっていた。BKのライン攻撃の練習はとにかくラインが浅くてスピードが出ない。FWのモール練習は熱を帯びていたように見えたけれど、ラインアウトの練習はミスばかりで、こんなことでいいのか、としか見えなかった。

  僕のいないラグビー部の練習風景は、あまりにも拙いレベルで、少し笑いが出てしまうような代物だった。もちろん、僕がいたところで、外から見た景色は変わっていないのだろうけれど、中にいるときには、結構しっかりやっているように思っていたその思いと現実は大きく違った。

  僕はそんな質の低い練習からも追い出されてしまった。



  谷杉からのにべもない一言を受けて、僕はその日、練習を見ることをやめて、何も言わずに一人で帰ってしまった。グラウンドをさり、着替えて、帰路についた。でも、家には向かわなかった。早く帰れば、いつもは21時過ぎになるのに、親からあれこれ詮索されるのが面倒だった。

   春分の日が近づく17時過ぎ、風は柔らかに南風。冬の面影は見えなくなり、蔵造りの建物の並ぶ街には、新しい季節への予感をぎゅっと詰め込んだピンクの蕾が、隣同士で囁き合っている。春だよ春だよ、もうすぐ春だよ、と。街を歩く高校生たちは、皆足取りが軽く、誰もが近づく春を感じながら、幸せそうに見えた。

  高校から駅までは歩いて20分ほどの距離があり、部活帰りにだらだら話しながら歩くと30分近くかかる。でも、一人で何をすることなく歩いていると、思いもよらずすぐに駅が近づいてくる。

  どこかへ行かなければ。どこかで何かをしなければ。僕は逃げるように、目についたゲームセンターに入っていく。そのことが意味することを僕は考えもしていない。部活から何も言わずに抜け出して、ゲームセンターで遊んでいる、それが部活での僕の立場をどういうものにするのか、を。



    何回かきたことのあるゲームセンターで、放課後は高校生やら年齢のわからない大人やらがちょろちょろしている。昔ながらのゲームセンターで、対戦ゲーム、クレーンゲームがあり、奥にコインゲームがある。コインゲームは、スロットと競馬ゲームがあり、競馬は本格的なものと、年代物とが1つづつある。

   僕は古い方の競馬ゲームの前に座る。座って、何かにベットしようとしてから、コインを購入していないことに気づく。荷物を置き、財布から千円札を出し、それでコインを50枚買ってくる。

   何かを考えなければ、と思うのだけど、目の前を流れるオッズ、最近のレース結果、脚質、などのレースの情報は、僕の目には、中東の軍隊の暗号のようにしか見えない。適当に10枚を、単勝で1番から5番に2枚づつかける。すると、困ったことに、勝ったのは3番で、最も人気のない大穴で、120倍のオッズがついていた。僕の席に、長い時間かけてコインがジャラジャラと出てくる。その音は明らかに目立ち、周りの人が僕に注目する。

 「おい、吉田じゃん。何やってんの」

 その様子で僕に気づいた同じクラスのメガネが僕に声をかけてくる。特に印象がないが、たまに話しかけてくる紫のフレームのメガネ。

 「別に」

 僕は彼の方を見ることなく呟く。 

「あれ、部活は?」

 その軽いトーンが苛立たしい。

 「だから、知らないって」 

僕は立ち上がる。 

「なんだよ。なんか用かよ」 

凄んだつもりではないけれど、ラグビー部の体になり、さらに筋トレで日々筋肉をつけている体が、急に立ち上がり、顔と顔が10cmくらいになれば、普通の高校生は怯む。メガネはびっくりして1歩、2歩後ろに下がる。そして、僕を見やって小さく舌打ちする。 

「サボりか」 

捨て台詞を残して去っていく。

  困ったことに、その後も思いもかけず、100倍を超えるオッズが2回あたり、手持ちのコインがものすごく増え、手に余ってしまった。もし、みんなで遊びに来た時だったら得意気だけど、今はこのコインをどうしたらいいのか、その処理がめんどくさい。

  1時間くらいを過ごして、400枚くらいになったコインをレジに預けて店を出る。


  すっかり深い藍色の空になり、はるか西の奥の方があかね色に染まっている。ずっと遠くから少しずつ。そして、ほんの少し前にあった、春への予感たちは次の朝を待ちに帰ってしまい、代わりに冷たい北からの風が夜を告げる。早春の夜は長く冷たい。

inokichi`s work(ラグビーとライオンズと小説)

自分の中には、自分の言葉では表すことのできない自分がいる。でも僕は、その自分を抉り出し、その自分を白日の元に晒さなければならない。あるいはそれは僕自身を破滅に追い込むのかもしれない。しかし、あるいはそれは、世界を救うのかもしれない。 サイトのフォローをいただけると、とても嬉しいです。コメントをいただけると、真剣にお返事します。

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