あかねいろ(36)雪の日。卓球場でのミーティング

 

  抽選会の翌々日は3月の大雪になり、グラウンドでの練習はできず、体育館の卓球場で、谷杉はじめ1、2年生の全員が集まりミーティングをすることになった。僕たちの部活は、谷杉が好きでないところがあって、めったにこういうミーティングのような催しをしない。そんなのしている暇があったら勉強しろ、というのが谷杉の言い分だった。なので、この日はかなり久々の出来事だった。



   ラグビー部にも部室はあるけれど、人が5人入ればもう足場もない、というところなので、みんなでミーティングをするにはどこかの部屋を借りないといけない。そこで、弱小部活で、週に3回しか練習しない卓球場は、しばしばこのようなときに使わせてもらっていた。また、暇があれラグビー部のメンバーは卓球をしていた。おかげで、卓球部よりも僕らの方が卓球は断然強かった。でも、彼らは別にそれでも気にかけるところもなくて、たまに練習して、卓球をそこそこ楽しめればいいという雰囲気だった。

   そんな関係で、意外とラグビー部と卓球部は仲良しで、この日も急に決まったことで、卓球部は練習日だったけど、「だったら、雪だし、今日は練習やめます」と言って場所を貸してくれた。

   低気圧は湿った雪をどんどんと運んできていて、体育館の2階の奥にある卓球場は、真冬の空気ではないけれど、しんとした冷たさだった。卓球台をたたんで端の方に寄せ、谷杉を真ん中にして40人のメンバーが冷たい体育館の地べたにお尻をつけて座る。座布団も何もないので、足元から雪を降らしている冷気がしっかりと伝導してくる。

  今日はよく雪が降っている。関東では実に10何年ぶりの大雪です、テレビでは、交通機関がどうののこうのと朝から騒いでいた。雪がたくさん降ると子供の頃はなんだか少しワクワクしたものだけど、学校から駅まで、そこからの電車、そして駅から家までの都合1時間半を考えると、気分は全然乗ってこなかった。



    16時過ぎに谷杉が小川さんと一緒にやってくる。寒いな、こんなところしか集まるところはないのか、などなどブツブツといいながら。そして「じゃあ、小川よろしく」と言って円の外側にちょこんと座る。 

「もうみんな見ていると思うけれど、県大会の組み合わせが決まった。ベスト16で鷹川工業で、ここが俺らにとっては一番のターゲットになる」

 小川さんが一人でみんなの輪の真ん中に立って話し始める。空気は相変わらず冷たく少しツンとする。 

「鷹川工業に勝つことを考えると、今年は、うちらはFW中心、FWのモール中心で戦って行こうと思う。ここにこだわったチームになって行こうと思う」

 バスケットボール部もバレーボール部も今日はやっていないので、体育館には物音がない。空気だけが冷たく、そして湿っている。そんな雪に湿らされた重たさのある空気に小川さんの言葉は、さらに重みを与える。

 「だから、基本的には、セットからは、スタンドの小山かハーフの俺からボックスキックをあげていく。オープンじゃなくてボックスに。バックスはそれをしっかりチェイスして、相手のカウンターをしっかり止めていく。そしてそこでできるポイントにしっかりと圧力をかけていく。その練習をしっかりやって行こうと思う」 

新しい話ではない。今までも、結局強い相手にはそういう戦いになっていた。けれど、その一方でバックスはバックスで、やっぱり回して攻めたい。そのためにFWにいいたいことも色々とあった。



   輪の中心の小川さんに向けて微妙な空気が向けられる。

   そりゃそうだけど、でも、、、、という、言葉にしたいけれど、してはいけない重い雰囲気が漂う。

   ちょっとだけ館内の温度が上がる。誰もが、誰かがなんかいってくれないかな、というように黙っている。

 「おい、深川、お前どうだ」

 輪の外にいた谷杉が、1年生の深川に話しかける。

 「え、はい、大丈夫っす」

 慌てた深川は答えにならない答えをする。

 「横田、行けるか、それで」

 続けて谷杉はFWリーダーの横田さんに聞く。 

「やります」 

一言だけ短く答える。谷杉が立ち上がる。ちょっとだけ輪の中に入る。

 「吉田、お前たちは朝丘にコテンパだった。今年は本気で上に勝つにはバックスじゃない、FWだ。FWでいく」 

谷杉は、ちょうど正面にいた僕を引き合いに出す。それが、僕に対して何かを意図して話しているのか、たまたまバックスの中心選手として目に入ったから言ったのか、そこはわからない。しかし、不意に名前をあげられて、僕は頭に血が上る。顔が少し紅潮し、胸の鼓動がかなり速くなる。

 「僕らは何するんですか」 

ふと、自分でも思いもしていないような言葉が出る。自分でも何を言っているのかわかっていない。隣に座っていた一太が僕を見る。

 「タックルするんだよ、タックル。お前がやらないタックルをするんだよ!」

 谷杉は明らかに怒気を込めて吐き捨てる。 

「タックルはしてます」

 僕は止められなくなってくる。タックルはしてる。多分僕はバックスで一番やっている。

 「お前のはタックルじゃなくて、女が男にしがみついているようなもんだよ。馬鹿だなお前は」

 谷杉の茶化した言い方に、場は少し緩くなる。別に本気でそんなこと言っているのではなくて、もっとがんばれ、と言ってるのだと場のみんなは知っている。僕以外は。僕は一人で頭に血を登らせる。カーッとなるけれど、何も言えなくなる。何も言えずに、グッと下を向く。 

「よし、じゃあ、それに合わせて、これからの練習のメニューを見直していくから、バックスとFWに分かれて、バックスは俺、 FWは横田中心に明日からのメニュー考えよう」

 小川さんが声をかけ、卓球場の右と左にみんなは別れていく。

inokichi`s work(ラグビーとライオンズと小説)

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