沙織たちは僕らには声をかけずにグラウンドを後にしたようで、僕もそのことに全然気づかなかった。LINEに一言「残念だったね。また月曜日ね」と言うメッセージが残っていた。流石に、こんな状況の僕たちに声はかけずらかったのだろう。
谷杉から話があり、月曜日から新体制でやるぞ、と言うことになり、次の試合を見ながら帰り支度をする。できる限りゆっくりと。もう少しだけでもこの場にいれるように。
支度をしながら、大元さんが僕にTシャツを1枚持ってくる。
「これは、お前が着ろ。2代目の”いのきち”はお前だ」
そう言って僕に、灰色のイノシシが書いてあるTシャツをくれた。
大元さんが練習の時によくきていたシャツで、青いイノシシがプリントされていて、大元さんの縦の突進がイノシシのような、猪突猛進系だったので、いのきちTシャツ、と言われていたシャツだ。サイズは小さめで、大元さんが着ると体にぴったりとフィットしていた。
「ありがとうございます」
僕はちょっとためらうけれども、しっかりとそれを受け取る。涙はもうない。
「今着てみろよ」
と言うので、ジャージを脱いできて見る。着て見ると、大元さんが来ていた時のようなフィット感がなくて、かなり余裕のあるサイズだった。ちょっと僕は驚く。
「まだまだ体がそんなもんなんだよ。俺と身長変わらないのに、上半身は全然なんだよ。きちんと鍛えろよ」
大元さんはそう言って僕のお腹をバンバンと叩く。ほら、ふにゃふにゃじゃないか、と言わんばかりに。
「お前がセンスがあって、力があるのはみんながわかってる。だけど、それだけじゃ上には行けない。俺らみたいになりたくなかったら、きちっと努力をした方がいい。体を鍛えろよ、上の奴らに負けないように。勉強しろよ、ラグビーの。心鍛えろよ、どんな時もベストであるように。まだお前は何もしてないよ。だから、な。筋トレしようぜ、筋トレ。まずは。体育館のやつちゃんと使えよ」
僕は黙って頷く。
僕に「センスがある」と言ってくれるのは、大元さんとか小川さんなのだけど、それがどこまで本当のことなのかわからない。でも、1年生で3年生の試合に出て、目立てるところはあるのは確かだと自分でも思っている。特に、ラインを突破する、深くゲインすると言うようなところでは、それなりにインパクトを出せているように思う。けれど、確かに、それだけ、だ。パスが上手いわけでもない、特別強いわけでもない、ハードなディフェンスができるわけでもない、キックが飛ぶ、と言うわけでもない。その上、試合では、短気ですぐに周りが見えなくなり、周りをいかせない、ボールをいかせない。そのくせ、ボールをもらいたがり、走りたがる。さらに言えば、結果としては泣き虫で弱虫だ。まだまだ、どころか、よくもまあ使ってくれているなとは思う。
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