僕はホットドックを買い、彼女は焼きそばを買って、立川たちのところに戻る。
彼らのクレープは見事なまでに下手くそな巻き方で、そのことで話が盛り上がっていた。そのまま中庭を横から抜けて、校庭へ行き、ラグビー部がいつも道具を置いたり着替えたりしている西校舎の前に座って、それぞれ手にしたものを食べる。
「ラグビー部はどこで練習しているの?」
彼女が目の前に広がる野球のダイヤモンドとサッカーゴールを見ながら聞いてくる。
「ここだよ。この一面」
そういって僕は、右手で野球部のライトの当たりとサッカーのハーフウエーあたりの一面をさし示す。
「グラウンドないじゃない。こんなところで練習していて危なくないの?」
彼女は不思議そうな目で、指し示された一面を見ながら言う。確かに。一般的に見ればそうだ。
「ラグビー部はこの学校では新参者なんだ。もともと野球部とサッカー部のグラウンドだったところに、最近ラグビー部が入ってきた。文字通り、割り込んできたんだ。だから、こんな変な形のところで練習している」
「野球部やサッカー部はそれで納得しているの?自分たちの場所が取られて」
「もちろん納得していないと思う。特に野球部とは、ボールが飛んできたとか、奥まで来すぎだとかの争いがいつもある。だけど、運動部は実力の世界だからさ。ここのところ、野球部は1、2回戦チームだし、サッカー部はそもそも万年初戦敗退だし。それに比べてラグビー部は県でベスト8を狙える。うちの学校の球技系では一番の稼ぎ頭だからさ。大きな顔をできるんだ。」
彼女はそのことについて思案を巡らしているようだった。
グラウンドの右奥では、定時制の子達が開いているキッズパークのようなところがあり、そこで小さな子供たちが風船をもらったり、シャボン玉を飛ばしたりしている。
「私は軟式テニスをしているの。中学校からずっと。」
「そうなんだ」
「よくわかったわね」
「知らなかったよ」
「そうじゃなくて。運動してるって」
僕は少し困った顔になる。
「日焼けがね。かなりしっかりとした半袖焼けしているから。それで」
「ふーん。腕が太いから、わたし。目立つのよ」
「そんなこと言ってないけど・・」
「いいのよ別に」
彼女が何を言いいたいのか僕にはよくわからなかった。でも、彼女は何かスッキリしたかのように、焼きそばにずんずんと箸を入れていく。僕もそれを見てホットドックを一気に食べる。お昼としては、僕にはこんなホットドック一切れではたしにもならない。でも、それ以上に暑さもあって喉がカラカラだった。
「喉乾かない?」
「うん。何か飲みたい」
「何か買いに行こうか。僕が出すよ」
僕の誘いに彼女は軽く何度か頷く。頷くと言うか、何かを確認するかのように頭を上下に揺らす。
立川に、ちょっと飲み物買ってくる、と言い、立ち上がる。立川は、バイバイ、と手を振る。別にそう言うことじゃない、すぐに戻るんだよ、と僕は首を横に振る。
結局その後僕たち二人は、元のグループからは別行動になり、コーラとお茶を飲みながら、特に何かのアトラクションに参加するわけでもないけれど、校舎の2階から4階までを歩いた。さらに、いつも僕たちが、することがない時にしているように、4階の廊下の窓から近くの神社の方をぼんやりと眺める。
西校舎の一番南はじの窓からは、プールの向こう側の大きな森が見え、風もよく抜けて気持ちがいい。森の向こうの田んぼや、田んぼの真ん中に立つ県立病院などが見え、その病院を起点、雲の動きを見定める。西から東へ、ゆっくりと白い雲がいくつかそよいで行く。開校して100年超。きっとたくさんの先輩たちも、この窓から秋の雲を眺めていたに違いない。
「ここの景色を見ていると、松任谷由実の”ひこうき雲”を思い出すんだ」
何の変哲も無い、関東平野の中ほどの4階の窓。飛行機雲が見えるわけでは無い。なぜか、自殺したと思われるその子の見ていた景色もこんなものかな、などと思う。
「私は、それだったら、あいみょんの”生きていたんだよな”かな」
彼女は言う。僕はその曲を知らなくて、彼女にスマホで聞かせてもらう。同じように高校生が高いところから空を飛ぶ話だった。
「確かに」
僕は同意をする。
「どこか回ってみたいところある?シンクロとか」
僕は聞くけれど、彼女は窓の向こうを見ながら首を横に振る。
「じゃあ、駅に行こうよ。モスバーガーでも行こう」 僕は彼女を誘う。その言葉は、さりげなさを装っているけれど、実は「ある程度いい線まできたら、駅のモスバーガーへ誘う」と言うのは僕らが練りに練った作戦だった。その場合、部活の後片付けとかができなくなるけれど、それは残されたメンバーがなんとかする、ということになっていた。
「うん」
僕には100秒くらいに思えたけれど、実際には2秒もしないくらいで、彼女は遠い向こうからこちらに戻ってきた。
「いいよ」
短いけれど、はっきりと。
0コメント