湧き上がる相手チームの取り巻きを横目にしながら、僕たちは力なく谷杉のもとに戻る。
誰もが僕を少しだけ見る。誰が見たところで、僕の最後のプレーが、単独での行き過ぎで、しっかりフリーの大元さんに放していれば、逆転していたであろうことはわかっていた。分からなかったのは、その時の僕だけだった。でも、なんとなくそれを言い出せないでいる。タッチライン沿いに陣取っていた僕らの高校のギャラリーたちは音もなくグラウンドを後にしていく。
用具を集めて、何とも言えない空気感を漂わせながら、僕たちはグラウンドの西のすみに退散する。そこで試合後のミーティングが行われる。
「お前、なんで放さなかったんだよ」
荷物を置いて輪になって、さあこれから、というところで大元さんが僕に言う。
場がしんとなる。僕は頭が真っ白になる。何かを言葉にしようにも何も頭に浮かんでこない。
「俺の声聞こえなかったのか」
いや、聞こえていた。聞こえていたけど、僕はいけると思っていた。でも、今はそれは幻想であったのではないかと感じる。本当に僕はそう思っていたのだろうか?分からない。頭の中が石になってしまい、何も動かない。返事のない僕に大元さんは軽く舌打ちする。
「お前が強いのはわかっている。センスもある。俺よりあるよ、正直。この先きっと強くて速いバックスになるよ。それはみんなそう思っている。だけど、今日のプレーは最低だ。トイメンかわして、裏に出たのはお前の判断だし、力だよ。でも、俺らにとって一番大事なのは、自分が何かをする、何かを決めるんじゃなくて、このボールを、ボールを次の人に、チームのためにつないでいく、そのために自分を犠牲にすることなんだよ。力のあるお前が、俺が俺が、といくのはいい。それがチームのためにもなる。でも、その前に、お前はチームのためにボールをつないでいくことを考えなきゃダメなんだよ。それができない、自分だけで何かをやりたいなら、ラグビーなんかやめて一人でできる何かをやれよ」
みんなが、何かを探すように、黙って向こうの空を見る。
僕は相変わらず何も言えない。ただ下を向いている。手にはヘッドキャップが握られているが、少しだけそれをぎゅっと握りしめる。
「でも惜しかったよ。相手の6番のタックルがよかったって」
3年生の、レギュラーではない先輩が声をかけてくる。 「いったと思ったよ」 別の先輩も声をかけてくれる。
僕は涙が出そうになるのをこらえる。
思いきっり謝りたかった。
本当にすいません。ごめんなさい。自分でいけると思いました、と言いたかった。
きっとそう言って平謝りしたら、それで話は終わったかもしれない。でもなんでだろう。大元さんに言われて、その言葉が出てこない。
僕は自分がラグビーに向いていると思っていた。
取り掛かってすぐに力のあることがわかり、トントン拍子にレギュラーを取り、別に威張っていたわけでも、図に乗っていたわけでもない。だけど、どこかで傲慢だったんだと思う。だから、大元さんに「お前なんかラグビーに向かない」と言われて、そう言われたように聞こえて、僕はどうしても釈然とできなかった。あまりにも大元さんの言うことが正しすぎて、だからこそ受け止めることができなかった。
谷杉がそんな僕を見て頭をごつんと叩く。
「バカだなお前は」 ただ一言だけ吐き捨てる。
「今日はFWだ。なんだこの試合は。やられっぱなしじゃないか。お前たちがしっかりしていればこんなことになっていないんだ。明日はFWは練習しろよ。なあ、川下」
谷杉が続けて言う。川下さんが今日の試合について、密集サイドのディフェンスやラインアウトからのディフェンスなどについて振り返りをする。あれこれと話が出る。
「バックスは何もないな。今日は何にもやっていないんだから、お前らも明日は練習だな」
と言うことで、明日は休みの予定だったが、自主練と言うことになり手短に解散になる。
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