あかねいろ(9)初めての試合の直前

  4月の後半に正式に入部届が揃い、5月のGWの練習試合で、1年生も何人かが試合にデビューすることになった。僕はとんとん拍子に出世していき、1年生の中では抜きん出て、5月3日の練習試合の2本目、2年生中心のチームにCTBとしてデビューすることになった。25分ハーフが一本。僕と一緒にあと3人、120キロの深川と185センチの大野、そして50mが6秒ちょっとというスピードの鹿原がそれぞれ試合に出ることになった。

   相手は同じ県立の高校で、ラグビーのレベル的には僕たちの高校よりも少し下で、僕たちが県でベスト16程度なのに対して、彼らはベスト32からたまに16、というところだった。それだけ聞くと似たようなものかなと思うけど、実際のところは、ラグビーではチームのレベル差というのは割と歴然としていて、明らかにウチよりもレベルはワンランク低い、ということだった。 

  ただ、そんなことは僕らにはあまり関係なくて、ようやくパスがまともにできるようになり、キックの蹴り方を知った、厳密に言えば密集でのルールなんてよくわかっていないという段階の新入生にとっては、とにかく、試合に出れるというワクワクと、練習ではない本気の相手と戦うことに対しての恐怖心と、その両方が拮抗していた。 



  会場となるのは相手の高校のグラウンドで、芝生ではなく土のグラウンドだった。ラインもサッカーのラインを消して石灰でラインをせっせとかいていく。

  よく晴れた5月のグランドは砂埃が舞い、汗がいっぱいのラガーマンが、ひとたびタックルをしてグランドに横たわれば、もうジャージは土で真っ黒になる。僕たちの深めのオレンジのジャージと、相手の白い練習ジャージは、少しすると見分けがつかない、とまではいかないけれど、土色に染まっていく。

   1本目の試合はレギュラークラスの試合で、25分で前後半を行う。僕たちはグラウンドの横でその試合を見ている。2年生がラインジャッジとボールボーイ、あとはメディカルとしてグランドの脇に散っていく。試合は思いの外拮抗していて、前半は相手がトライ1つ、僕らの高校は0。ハーフタイムに監督の谷杉の怒号が飛び、緩んでいた空気に緊迫感が漂う。このまま負けると「明るい農村」なる罰ゲームが課されるという発破に急に顔色が変わる。

   後半は出だしから先輩たちの動きが激しくなる。大元さんからも怒号が飛ぶ。ロックの川下さんはラックから出てくると相手に何かすごい剣幕でまくし立て詰め寄る。何人かが止めに入る。雰囲気が明らかに違う。林岡先輩は相手の13番をタックルで仰向けにひっくり返す。後半が始まって数分でトライを返す。さらにその数分後にもう1トライ。大元さんは、トライの時に頭から飛び込んで相手のスパイクと触れたようで、顔から激しく流血している。2年生が近づいていくが、大元さんはペットボトルを傷口にかけるだけで後輩を振りほどいて急いで戻っていく。

   僕は、前半と後半のあからさまの様子の変化に驚く。あんなに前半はもたもたしていたのに、谷杉の憤激ひとつで違うチームになる。同じメンバーがやっているのに、心のあり様一つで、こんなにまでも違うチームになる。それがいいことなのかどうかはわからなかったけれど、ラグビーというのは、こんなにも気持ちの持ち様で違ったチームに、プレーになるんだと、感心というか不思議な気持ちがした。

   後半も10分くらい経った頃に、2年生の横田さんから「次の試合に出るのはアップに行くぞ」と声がかかる。1年生の4人と2年生の一部がインゴールの方へ走っていく。

     僕はボールとコンタクトを持って走りながら、一体どんな気持ちで試合に臨めばいいのか戸惑う。



  これから初めての試合に出る。ラグビーを始めて1ヶ月弱。僕はこの試合にどんな気持ちで臨めばいいのか、先輩の試合を見ていて、気持ちの大事さを見て、急に不安になる。さっきまでは、試合でも別に普通に結構やれるんじゃないか、と自分に期待をしていた。けれど今は、ルールも基本動作もまだままならない状態で、試合になんて出ていいのだろうか、みんなに迷惑かけるんじゃないか、めちゃくちゃなことをしでかしてしまうのではないか。不安と恐怖が頭をよぎる。一緒にアップに向かう深川を見る。深川は何にも感じていないし、何にも考えていない様に見える。鹿原はあてにはならない、あいつは変わり者だから。大野は顔がにやけたおじさん顔で、のんびりしている様にしか見えない。結局、僕だけが不安に苛まれている様に思える。 



  ランパスをして、コンタクトに当たって、ラインを作ってサインプレーの確認をする。サインプレーといっても、まだまともにはほとんどできない僕らがいるので、シザースとループ、そしてカットアウトでのギャップをつくフリをするくらいなものだ。そうこうしているうちに3年生の試合が終わる。最後の方は全然見れなかったけど、結局トライ数で4本1本で勝ったということだった。勝ってはいるのだけど、大元さん以下、誰にも笑顔がない。前半含め、試合内容が納得いくものではなかったということなのだと思う。大元さんと林岡さんはちょっと何かを言い合い、少し嵩じながら引き上げてくる。もともと勝つとわかっている相手に思いの外苦戦をしたというところで、重たい雰囲気が漂っている。

inokichi`s work(ラグビーとライオンズと小説)

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