あかねいろ(2)カンペイ!

スタンドがざわつく。青い群衆の声援が急に冷え込む。まるで太陽に雲がかかったかのように、グラウンド全体を不穏な空気、あるいは期待感が覆う。ゴールが決まれば21−28。1トライ1ゴールで同点に追いつく。物理的には次のキックオフでボールを確保すれば十分に追いつくことも考えられる。


 時間がない。赤の10番はゴールポストから10メートルもない地点にボールをセットし、助走もたいして取らずにキックを蹴り込む。ゴール真正面から蹴ったキックはどよめきの中、しらっとバーの上を超えていく。


 21−28。残り3分程度。


 僕はコタツから身を乗り出す。急に、胸に不安定な揺れが起こる。心が揺れる。


 青の11番は時間稼ぎをすることもなく、割と速やかにハーフラインの真ん中にボールをセットし、小さくドロップキックをする。奥の方ではなく、敵陣10メートル少し奥に、競り合うボールを蹴り込む。しかしそのボールはすんなりと赤のロックがキャッチをし、正面から当たってしっかりとラックを作る。特に青のFWからの厳しいプレッシャーはなく、ボールは9番からすんなりと、コンパクトに並んだ赤のバックラインへと送り出される。


  赤の10番はボールを受け取ると、フラットに近い状態で、すぐ横にいた12番を飛ばして、13番へ短いパスを出す。受け取った13番もほぼ流れることなく、まっすぐに前へ出る。その外には11番がそれほど間隔を空けずに走っている。青の10番と12番のプレッシャーはほとんどなく、13番だけが少し前に飛び出て赤の13番との距離を詰めてくる。


  11番にパスを出すのか、と思ったとき、赤の13番の影に隠れていた15番の選手が少しスワーブを切って、小さなカーブを描きながら13番の真横に出てくる。決して広くはない11番と13番の間に、しっかりとした体躯の15番が、13番の真横でボールを受ける。


  ボールを受けた15番は、相手の13番、14番、15番の作り出すL字型の隊列の間を少しふわりと丸く弧を描きながら、ちょうど三角形の重心ともいえるような地域を走っていく。決して離れていない3人だけど、その誰からもちょうど手の届かないところを、15番は確信に満ちた姿で走っていく。まるでグランドに「ここを走るんだよ」という線が書いてあるかのように。自分のチームのフォローワーも見ない。そして、湧いてくる相手のバックスのディフェンスも目に留めない。


  15番はそのコースを左に変えて、タッチライン近くでほぼ真っ直ぐに軌道を立て直す。青の15番と9番が執拗に追い続けるが、加速する赤の15番に、彼らの手はかからない。


  NHKのアナウンサーが何かを叫ぶ。スタンドからはうねりのようなどよめきが起こる。一人一人が上げている声はきっと歓声だ。しかしテレビから聞こえてくるのは地鳴りのような響きに聞こえる。


  ボールを受けた位置からゴールまではおそらく60mくらい。走っている時間は6、7秒。15番は加速を続けて走っているが、なぜかその姿はスローモーションに見える。追いかけてくるブルーのジャージはそのスローモーションの15番になぜか追いつかない。みんな足元に飛び込むがその手は彼の足にかからない。


  ゴールラインを超えた時、そこはまだタッチラインから10m付近。7点差を考えれば、彼は、よりボールを中央のポスト付近に運ばなければらない。しかし、ゴールラインを超えた瞬間、彼は何かのスイッチが切れたかのように、まるでその瞬間、乗り移っていた何かがどこかへ行ってしまったかのように、ほぼゴールライン上にダウンボールする。


  26−28。2点差。

inokichi`s work(ラグビーとライオンズと小説)

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