FW陣がしっかりとした手応えをもち、喜色の顔立ちで戻ってくる向こうで、僕は明らかにつまらなかった。トライにつながるミスタックルをしたこともあるけど、それ以外は、ただただパントを追ってタックルに入っていく、というだけの試合だった。ボールを持ったのは1度だけ。ハーフからスタンドへのパスがミスになってそれをカバーして前に出ようとしてすぐ捕まった時。試合が終われば、谷杉には開口一番、
「吉田は終わったら農村だな」
と言われる始末。農村、とは、手押し車での罰練のことで、僕らの中でこれを宣告されることは、テストで酷い点数をとることよりずっときついし恥ずかしい。
「おいFW、次の緑川も、押しまくれ」 谷杉も意気揚々と声をかける。チーム全体の雰囲気はとてもいい。バックスだって、きっちりと役割を果たしているという点では、ちゃんと大人の理解のできる人たちは理解できている。
でも、僕は納得できていなかった。
僕は、今日のトイメンの13番だって、絶対にぶちかませるし、抜けると思っていた。そういう感覚というのは、体を触れたり、動きを目の前で見たりすると、とてもクリアに感じる。もちろん、実はその感覚はとても未熟で拙いものなのだけど、この時の僕には、そのフィーリングこそが全てだった。
なのに。やっていることは、パントを追っていくことばかり。次だって同じで、次は相手のバックスがもっと良さそうなので、気をつけないと走られるばかりかもしれない。
そんな僕を見かねたわけではないと思うのだけど、次のBチームの試合の最中に谷杉から
「吉田、次の試合はスタンドをやれ」
と言われる。練習で10番、スタンドオフはやったことはあるけれど、試合ではまだない。別に嫌ではないけれど、なんで、という顔で谷杉を見る。
「緑川の石橋は、次の日本代表候補だ。あいつのトイメンに入ってつぶせ。石橋さえ仕事させなければ大したことはない、緑川は。お前がつぶせ」
少しふてくされ気味の僕の心に急に火が灯る。
「はいっ」
小さく返事をする。
石橋は中学校の全国大会で緑川学院をベスト8まで導いている。まさに導いている、というのが正しい表現で、なんと言ってもロングキックの精度がとても高く、ゲームメークの力が抜きん出ている。さらに、スピードがあるタイプではないけれど、自分でボールを持って走った時には、必ず大きくゲインすると言っていいほど、ラインの穴を見つけるのがうまい。ロングパスの精度も高校1年生とは思えないレベルで、素早くギャップのあるところへボールを運ぶことができる。というようなことが、ラグビーマガジンに書いてあった。ただ、高校としての緑川学院は決して今季は高いレベルにはないそうで、それ故に、彼も中学校の時ほどの目立ったところが見られなくはなっていた。
とにかく、FWからいいボールが彼に供給されれば、それだけで脅威が生まれるというくらいの力があるので、チームとしての対策は当然に、彼への球の出どころである接点に対して、とにかく厳しく圧力をかけていくということになる。僕らもそういう試合を企図している。
そんな中で石橋とトイメンで対峙する。僕にとって本当の一流選手とのマッチアップは、朝丘の福田以来、というところになる。福田の時は、彼はもちろん一個上だし、バリバリの現役高校ジャパンというレベルで、実に手も足も出なかった。石橋との対戦は、僕にとっては、僕だって高校日本代表を目指したいと密かに思うものとしては、絶対に負けたくない相手だった。
緑川学院のベンチというかサイドには、選手の保護者に加えて、10名を超える数で他の学校の女子高生と思われる人たちが来ていた。間違いなく石橋を見に来ているのだろう。そういうのも、しがない男子校の一員としては気に食わなかった。
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